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(C) シュートボクシング協会  写真左:ジュン・ビュング、 写真右:ジュン・ビュングvs及川知浩


2008年シリーズ開幕タイトルは「火魂」


さて、今年2008年は2月3日(日)よりシリーズ戦を開幕致します。
2008年度シリーズ戦決定スケジュール
2月3月(日) 2008年シリーズ戦「火魂 〜其の壱〜」/後楽園ホール
4月4日(金) 2008年シリーズ戦「火魂 〜其の弐〜」/後楽園ホール
5月下旬 2008年シリーズ戦「火魂 〜其の参〜」/調整中
7月21日(月・祝) 2008年シリーズ戦「火魂 〜其の四〜」/後楽園ホール
9月12日(金) 2008年シリーズ戦「火魂 〜其の伍〜」/後楽園ホール

シリーズタイトルは「火魂」。今年のS-cup2008開催に向け、火の玉のような勢いで一戦一戦に魂を込めて発進するシュートボクシングを表現したものです。

来る2月3日(日)より開幕する2008年シリーズ戦「火魂〜其の壱〜」に、昨年のシリーズ最終戦でSB日本スーパーライト級王者・及川知浩を脅威のラッシュ力で破った“韓国3冠王者”ジュン・ビュングが再び参戦!「今年SBのタイトルを獲る!」と、開幕戦からエンジン全開のビュングが襲来する。

迎え撃つのは、“絞首刑人”石川剛司。昨年、対抗戦や村浜戦に勝利を収め、今大会に予定されていた因縁の相手・及川とのタイトルマッチに照準を合わせていたが、そのビュングとの試合で及川が鼻骨を骨折していたことが判明し、タイトルマッチ戦が流れてしまった経緯がある。石川は、ビュングに対して「余計な場所にしゃしゃり出て来やがって!」と怒りを表にし、ライバルである及川にも「チャンピオンのくせに負けてんじゃねー!」と新年早々キレまくっている。しかしビュングは、既にスーパーフェザー級3位の歌川暁文、そして王者・及川を撃破している韓国の超強豪。石川との一歩も引かない打ち合いが予想されます。是非ご注目下さい。

その他、菊地VS金井、ファントムVS崎村の2大・王座決定戦など見所の多い大会となります。全対戦カードにつきましては追って発表させて頂きます。


>> SHOOT BOXING公演詳細はコチラ


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(C) シュートボクシング協会  写真左:菊地浩一、 写真右:金井健治
“格闘技界の生ける伝説”ホイス・グレイシー来日! 2月2日〜11日の間に東京・名古屋・大阪で計4回の柔術セミナー『ホイス・グレイシー“コンバットキャンプ”’08』を開催する。今回の来日は2004年12月31日に『K-1 Dynamite!!2004』で所英男と対戦して以来、約2年ぶり。格闘技ファンには楽しみなこのイベント。今回、本イベントの説明と共に改めてホイスの実績と魅力を、格闘技ウェブマガジンGBR編集長/熊久保英幸(クマクマンボ)氏に語っていただいた。

★『ホイス・グレイシー“コンバットキャンプ”’08』の詳細とチケット申込みはコチラ!

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 ホイスはまさにリビング・オブ・レジェンドと呼ぶに相応しい。グレイシー柔術の創始者エリオの六男としてブラジルに生まれ、幼い頃から柔術を学び、兄ホリオンと共に渡米。いまや全米を席巻する総合格闘技団体となったUFCの第1回大会(1993年11月)で行われたトーナメントに出場し、パンクラスの外国人エースだったケン・ウェイン・シャムロックや前田日明と闘ったジェラルド・ゴルドーなどの強豪たちをあっさりと撃破して優勝、一躍世界中にその名を轟かせた。

 当時のUFCは、目突き・噛み付き・金的攻撃以外の全ての攻撃が許されるという過激ルールで、オクタゴンと呼ばれる八角形のリングの中で闘うというものだった。しかも、現在ではオープンフィンガーグローブを着用して試合をするのが当たり前だが、当時は素手。出場する選手もキックボクサーや柔道家、空手家をはじめ、相撲、中国拳法、忍術と多種多様だった。その中でホイスはグレイシー柔術を駆使し、無差別級のトーナメントで何度も優勝を勝ち取ったのである。

 UFCでの勝利によってグレイシー柔術(及びブラジリアン柔術)は世界のブランドとなり、ブラジル内でしか行われていなかったバーリトゥード(直訳すると“何でもあり”、現在の総合格闘技)が世界中で行われるきっかけとなった。もしこの時、ホイスがアメリカで試合を行わなければ、現在の格闘技界の流れは大きく変わっていただろう。ホイスこそ、初期の総合格闘技に最も影響を与えた人物と呼ばれるにふさわしい。

 当時、日本には修斗、パンクラス、リングスなどの総合格闘技がすでに存在していたが、ホイスの繰り出す見たことも無いようなテクニックには誰もが度肝を抜かれた。今では誰もが知っているようなガードポジションやマウントポジションは、ホイスによって初お披露目されたのである。まさに技術革新であった。これにより、総合格闘技のテクニックは急速に進化していったのだ。

 ホイスに続いて現れたヒクソン、ホイラーなどによってグレイシー柔術は脅威の存在となった。ヒクソンにしても当時のホイスが「僕の3倍強い」と発言したからこそ、話題となったのだ。日本の格闘家、プロレスラーたちの合言葉は“打倒グレイシー柔術”となり、その後のPRIDE誕生などにつながっていったのである。当時、ホイスの登場がどれだけセンセーショナルで社会に大きな衝撃をもたらしたかと言うと、ホイスの出場した第2回UFCのトーナメントをなんとあのNHKがBS放送のNHK衛星第2で放映したほどだった。

 無敵の強さを発揮したホイスは第2回、第4回のUFCトーナメントでも優勝。1995年4月のワンマッチを最後にUFCを離れるまで、実質無敗(一度だけ試合開始前にタオルが投入されTKO負けになったことがある)のまま一時表舞台から姿を消すことになる。しかし、ホイスは2000年1月30日に突如蘇った。日本の総合格闘技団体PRIDEが開催した『PRIDEグランプリ2000』に沈黙を破って出場し、開幕戦で高田延彦から勝利を収めたのである。

 続いて5月に行われた準々決勝戦では、当時、日の出の勢いにあった桜庭和志と激突。試合前には舌戦を繰り広げ、日本中が注目したこの試合では、実に1時間30分にもわたる死闘を繰り広げた(1R15分の無制限ラウンドで6Rまで闘った)。結果的には精根尽き果てたホイスのセコンドからタオルが投入され、敗れてしまったホイスだが、世界の格闘技史に残る名勝負としてこの試合は今もなお語り継がれている(ちなみに、桜庭はこの勝利によって格闘家初のプロレス大賞MVPを獲得したほど話題となった一戦であった)。
 2002年8月28日には国立競技場に10万人の観客を集めて開催された、史上最大の格闘技イベント『Dynamite!!』に参戦。バルセロナ五輪柔道金メダリスト・吉田秀彦のプロデビュー戦の相手を務めた。この試合、ルール上ではレフェリーストップ無しとなっていたが、吉田の袖車でホイスが落ちたとされてレフェリーストップ負けとなり、ホイス陣営は猛抗議したが判定が覆ることは無かった。

 これにより、リベンジの鬼と化したホイスは2003年12月31日の『PRIDE男祭り2003』で吉田と再戦。判定無しの特別ルールで行われたため時間切れドローとなったが、内容では終始優勢に試合を進めて“ホイス強し”を印象付けた。さらに、2007年6月2日にアメリカで開催された『Dynamite!!USA』では桜庭との再戦に臨み、判定勝ちで7年ぶりのリベンジに成功している。2004年12月31日の『K-1 Dynamite!!2004』では、138Kgもの体格差をものともせず、元・大相撲横綱の曙からリストロックで一本勝ちを収めたりもした。

 ホイスは身長こそ185cmあるが、体重は僅か84.6Kg。そのため常に体重ハンディを負いながら無差別級の闘いを行ってきた。そのほとんどで勝利を得てきたことから、文字通り“小よく大を制す”格闘技の醍醐味を実践してきた数少ないファイターの一人であると言えるだろう。また、ブラジルでは柔術を世界に広めた第一人者として、世界では総合格闘技のパイオニアとして多くの選手たちから尊敬されている存在である。

 そのホイスが『ホイス・グレイシー“コンバットキャンプ”08』で再び日本にやってくる。同イベントは2月2日(土)BumB東京スポーツ文化館柔道場(開場14:00/開演15:00)、2月3日(日)愛知県スポーツ会館第1競技場(開場10:00/開演11:00)、2月9日(土)大阪府立体育会館柔道場(開場14:00/開演15:00)と主要三都市を巡り、そして2月11日(月・祝)には東京へ戻ってきて同じBumB東京スポーツ文化館柔道場(開場9:30/開演10:30)で今回最後のセミナーを行うという日程になっている。

 セミナーの内容は、ホイスが参加者たちとコミュニケーションをとりながら直接指導! 基礎編90分・応用編90分と計180分にもわたってホイス・グレイシー柔術のテクニックを習うことが出来るのだ。グレイシー柔術にはセルフ・ディフェンスの要素が多く、物騒なこの世の中、護身術としても役立ちそう。終了後にはセミナーを受けた証として受講認定書が授与され、オリジナル記念グッズのプレゼントやホイスとの撮影会&直筆サインプレゼントといった特典も用意されている。各会場とも定員限定100名なので、参加チケットの購入はお早めに!

 以前に日本で行ったセミナーでは、最後にホイスが参加者全員のスパーリングの相手を務め、全員の関節技にタップ(ギブアップ)してくれるというサービス精神旺盛な一面も見せてくれた。もしかしたら今回も、キミの関節技で伝説の男がタップしてくれるかも!? 「俺、ホイスと闘ってタップを奪ったんだぜ」と友だちに自慢できること間違いなし!

 3月5日(水)東京・国立代々木競技場第一体育館で旗揚げされる総合格闘技イベント『戦極』にて、吉田秀彦との三度目の対決も一部では噂されているホイス。もしかしたら、来日中に爆弾発言があるかも!? 格闘技界の生ける伝説と触れ合い、その技術を取得できるビッグチャンス! 経験者も初心者も気軽に参加しよう!

文=熊久保英幸(格闘技ウェブマガジンGBR編集長)
【旗揚げイベント第一弾カード発表!+三崎和雄参戦決定!】3月5日 戦極-SENGOKU-

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【対戦決定カード】

菊田 早苗(GRABAKA)
vs
フィル・バローニ(アメリカン・キックボクシング・アカデミー)


【出場予定選手】

吉田秀彦 選手(吉田道場)
菊田早苗 選手(GRABAKA)
瀧本 誠 選手(吉田道場)
三崎和雄 選手(GRABAKA)
川村 亮 選手(パンクラスism)
エヴァンゲリスタ・サイボーグ 選手(シュート・ボクセ・アカデミー)
フィル・バローニ 選手(アメリカン・キックボクシング・アカデミー)
シアー・バハドゥルザダ 選手(ゴールデン・グローリー)



戦極-SENGOKU-
3月5日(水) 開場17:00 開始18:30
国立代々木競技場 第一体育館 (東京都)



>>戦極-SENGOKU-の詳細とチケットのお申し込みはコチラ!

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【選手データ】

菊田早苗 SANAE KIKUTA

【生年月日】1971年9月10日
【出身】東京都練馬区
【身長】176cm 【体重】85kg
【所属】GRABAKA 
【バックボーン】柔道
【主な獲得タイトル】 
 1996 年/1997年 ザ・トーナメント・オブJ 優勝
 2001年 アブダビコンバット88kg未満級 優勝
 第二代ライトヘビー級 キング・オブ・パンクラシスト

 学生時代は柔道部に所属し、高校柔道国体86kg級で優勝するなどの実績を残す。アマチュアシュートボクシング全国大会重量級を制し、総合格闘技大会ザ・トーナメント・オブ・Jも連覇。その後リングス、修斗、PRIDE参戦など様々なリングに上がり、フリーの格闘家として活躍。

 1999年4月パンクラスに電撃入団。翌年7月にはGRABAKAを立ち上げ、パンクラスマットに旋風を巻き起こす。そして2001年4月寝技世界一決定戦と言われるアブダビコンバットに参戦。日本人初の優勝(88kg未満級)を果たし「寝業世界一」の称号を得た。同年9月にはライトヘビー級の美濃輪育久との死闘を制し第二代ライトヘビー級キング・オブ・パンクラストの座に就きパンクラスの頂点を極める。2002年8月にはUFO REGENDに参戦し当時無敵を誇ったノゲイラと対戦、約15kgの体重差を苦ともせず、一進一退互角の寝技を繰り広げた。2005年の大晦日には自身初となるPRIDE男祭りに参戦し、柔道金メダリストの瀧本誠を相手に見事判定勝利をおさめた。

 現在までの戦績は26勝6敗3引き分け。



フィル・バローニ PHIL BALONI

【生年月日】 1978年4月16日
【出身】 アメリカ ニューヨーク
【身長】 180cm 
【体重】 84kg
【所属】 アメリカン・キックボクシング・アカデミー
【バックボーン】 レスリング / ボディビル

 主にレスリングをバックボーンとするが、キックボクシングやボクシングも経験。ボディビル仕込みの肉体から放たれる打撃は、ヘビー級選手さながらの破壊力を持つ。2000年8月に総合デビューし、翌年からUFCで活躍。2002年9月のUFC39では、初代UFC世界ミドル級王者デイブ・メネーと対戦。試合開始わずか18秒で、パンチによるKO勝利をおさめ、その名を全米に轟かせた。

 2005年5月、PRIDE初参戦となった武士道-其の六-以降、美濃輪育久、長南亮、近藤有己といった同階級の日本人トップファイターを次々に撃破し、ウェルター級GP出場を決めた。2006年6月、「PRIDEウェルター級GP 1回戦」で三崎和雄と対戦し、善戦したが、惜しくも判定の末敗れた。2007年6月には、Strike Force世界ミドル級王座をかけて、フランク・シャムロックと対戦。途中相手を追い詰める場面もあったが、最後はチョークスリーパーでTKO負けを喫し、ベルト獲得はならなかった。
現在までの戦績は10勝8敗。


三崎和雄 KAZUO MISAKI


【生年月日】1976年4月25日
【身長】178cm 【体重】82kg
【出身】千葉県香取市(旧小見川町)
【所属】GRABAKA
【バックボーン】柔道 / キックボクシング
【主な獲得タイトル】  
 2000年 全日本異種格闘技大会 優勝
 2001年 パンクラスネオブラッド・トーナメント 優勝
 2006年 PRIDE GP ウェルター級トーナメント 優勝

 中学・高校と柔道部に所属。高校卒業後は、プロの総合格闘家を目指しキックボクシンを学び、2000年9月に行われた全日本異種格闘技大会で優勝。母校の講演会に訪れた菊田早苗との出会いをきっかけに、2001年GRABAKAに入門。同年パンクラスにデビューし、ネオブラッド・トーナメントを制覇。   その後もパンクラスで実績を積み重ね、2004年5月PRIDE武士道に初参戦。ブラジル・シュートボクセの強豪、ジョルジ・パチーユ・マカコを相手に、真っ向から打撃戦を挑み完勝。ウェルター級日本人トップファイターの仲間入りを果たし、PRIDE武士道を引っ張る。2006年PRIDE GP ウェルター級トーナメントに出場し、2回戦で同階級王者のダン・ヘンダーソンと自身2度目の対戦。これまで日本人では誰も倒すことのできなかったヘンダーソンを撃破。決勝でもPRIDE無敗だったデニス・カーンを大激戦の末下し、見事ウェルター級トーナメントを制した。2007年の大晦日には「やれんのか!」にも出場し、HERO’Sライトヘビー級王者・秋山成勲と対戦。一進一退の緊迫した打撃戦を制し、見事KO勝利を飾った。
現在までの戦績は19勝8敗2引き分け。


>>戦極-SENGOKU-の詳細とチケットのお申し込みはコチラ!