“世界一のトンパチ”折原昌夫の独占インタビューが連載開始! 


(取材・構成:中村カタブツ君)

2006.9.20大会では、“世界一性格の悪い三冠王者”鈴木みのるに一敗地にまみれた“世界のトンパチ”折原昌夫が、鈴木みのるに再び宣戦布告だ!

 3.7リアルジャパンプロレス大会の詳細とチケット購入はコチラ!


【世界一のトンパチ・折原昌夫の魅力を教えよう!独占インタビュー第1弾】アマレス全日本王者が地獄のプロレス新弟子生活にドップリはまった!

“世界一のトンパチレスラー”として、プロレス界では独特のオーラを発しているヒールレスラーが折原昌夫(メビウス)である。刺青にモヒカン(あるいは金髪)といういでたちで、対戦相手のレスラー達を恐怖で震え上がらせる悪役レスラーとしてのイメージが強い折原昌夫だが、プロレスラーとしての出発点である全日本プロレス入門前には、レスリングの全日本王者に君臨するという、実力をも兼ね備え、その素質は初代タイガーマスク・佐山サトルも認めるというマット界きっての“陰の実力者”であることは、一般のファンには浸透していない・・・。現在は、「第2代レジェンド・チャンピオン」のベルトを持ちながら“世界一厳しい”と噂されるリアルジャパンプロレス道場の道場長を務める今回のインタビューでは、彼にプロレス人生の始まりから、最初の師匠であるジャイアント馬場、そして“昭和の怪物”天龍源一郎、現在の自分、リアルジャパンプロレス道場、初代タイガーマスク、佐山サトル、そして、来る3月7日大会で再戦する、鈴木みのる(三冠王者)評など、プロレスファンでさえ、なかなか知ることが出来なかった“プロレスラー・オリハラマサオ”を教えてもらうこととする!


──いきなりですけど、なんか折原さん、生き生きしてますね(笑)。
折原 ダハハハ! 最近よくそう言われるんですよ。2年ぐらい前は折原昌夫自体がダメになったというか、リングのことを考えるだけで吐き気がしたというかね。
──え、そうだったんですか!? 
折原 ええ。自分のファイトスタイルは急所を蹴ったり、イスで殴ったり、反則まがいのことをするキャラクターであったんですけど、それを頭の中でシミュレーションして、次の試合を考えるだけでめまいがして身体が硬直する現象が起きてたんですね。ま、あることが原因なんですけども。それで1年間ぐらい姿を消してたんですけど、先生に言われた、「ウチに来てみないか」の一言で明るく変わってきましたよね。
──そしていまやリアルジャパンの道場長ですからね。ただ、不思議なのが佐山さんと折原さんの関係なんですよね。反則まがいのキャラクターって佐山さんが一番嫌うスタイルだと思うんですけど、評価高いですよね。
折原 決して僕は器用なほうではないと思うんですよ。一つのことしかできないと思うし。ただ、先生が僕を評価してくれたのは“ナチュラル(簡単に言えば、プロレスも格闘技も両方できるスタイル)”の部分で出来るというところですね。
──実は、アマレスで全日本チャンピオンになった実績があるんですよね。
折原 全日本の社会人の70 キロ級で優勝しました。だから、“ナチュラル”ができるという評価は凄い嬉しい言葉なんですけど、プロレスラーは本来、強い格闘家であると思うんですね。やっぱり人間と人間の戦いですから、相手が何をしてくるかわからない。それに即座に対応できなければダメなんです。
──本来そうでなければいけないと思います。
折原 ただ、それはそんなに難しいものじゃないんですよ。僕が昔全日本プロレスに入った時には、すべての選手がナチュラル。先生の言うナチュラルでしたよね。
──今日はその全日時代の話も聞きたいんですけど、当時はどんな練習をしていたんですか。
折原 あの頃は道場に住んでまして、菊地(毅)さん、小橋(建太)さん、北原(光輝)さん、●●●●さんが練習を見てくれましたね。徹底的にしごかれましたね、リングの中でも外でも(笑)。
──外では特に●●さんなんですかね?
折原 そうですね。●●選手はいま、凄く人間が温かくなってるらしいですよ。フッ、ありえないですよ! 
──ワハハハ! ●●さんの可愛がりは有名ですからね。とはいえ、リング内ではそうそうたるメンツですよね。菊地さんはアマレス、小橋さんは柔道、北原さんは佐山さんのところでシューティング(=修斗)を学んでいたわけだし、ナチュラルができるのは当たり前ですから。
折原 そうですね。全日の練習はスパーリングと受け身が多かったんですけど、あとはブリッジ、スクワットという基礎トレーニングですね。僕の場合は、あんなちっちゃいヤツ一日も早く田舎に返せという指令が出てたらしくて。だから、日に日に練習の量は増えてきました(苦笑)。で、ある日、腰をケガして病院に入ったんですけど、そしたら「明日出てこなかったらお前クビだ」って●●選手から言われて、病院を抜け出して帰ってきたこともあります。本人はたぶん忘れてるんじゃないかな、そういうことを。それを思い出させてやってもいいですけどね。フフフ。
──●●さんとの試合は見てみたいですね(笑)。ただ、当時折原さんは身体がまだできてなかったんですよね。
折原 まだ体重も60キロちょっとでしたね。
──えーー! よく入門できましたね。
折原 ウソをついてました(笑)。試合会場にヘルスメーターを置いてあると、馬場さんに「乗ってみろ」ってよく言われるんですね。そうすると、「ちょっと天龍さんの用事があります」とか言って逃げましたね(笑)。
──馬場さん相手にウソついた(笑)。
折原 馬場さんもわかってたと思いますよ。あの頃は食べるのも練習だったんで。僕はアマレスから来たんで練習はどうにか、苦しいですけど、ついていけたんですね。ただ食べるとか私生活はやっぱりプロは違うなと思いましたね。これは脱落するかもしれないと何回も思いましたね。
──主にメシを盛ってくれたのは誰だったんですか。
折原 メシは自分で盛るんですけど、食べろという人はやっぱり●●選手でしたね。ラーメン丼でご飯を5杯ぐらい、なおかつラーメンの丼でちゃんこを3杯ぐらい食べるんですけど、汚い話、トイレに行って一回胃の中をキレイにしたくなるんですよ。でも、トイレには絶対に行かせてもらえないです。
──食べ終わるまでそばに居るんですか。
折原 先輩たちは食べ終わったあと横でテレビを見たり、花札したりしているんで。で、僕が「うぅぅ〜」とか言ってると、「オイ、食え!」と。だからいまでも、友達とかに「食え!」とか言われるとイヤ〜な気分になりますね。
──凄いトラウマになってますね。
折原 なってますね。別にこんなトラウマあってもなくてもいいんですけど、このトラウマから脱出するには、●●選手と戦わないといけないんですね、いまの僕のスタイルで。そしたらたぶんこういうトラウマはその晩からなくなるでしょう。ま、僕は急いでいないので、そのうち機会あればやりたいですね(ニヤリ)。
──楽しみにしてます。その一方、ほかの先輩たちは違ったんですか。
折原 菊地さんは、大東文化大のレスリング部出身なんですが、僕は関東学園のレスリング部の頃から大東文化大の夏の合宿には参加してましたよ。
──じゃあ、その頃から菊地さんとは知り合いだったんですね。
折原 そうですね。菊地さんはアマレス時代から強くて、インカレでも優勝してますし、大東文化大でも凄い練習してましたからね。当時から「俺は全日本プロレスに入りたいんだ」って言ってました。だから、全日本に入った時には向こうも覚えてくれてて、部屋も一緒でしたね。とても優しい人でした。
──でも、菊地さんって、ちょっと変わった方だとよく聞くんですけども(笑)。
折原 いや〜、最近ちょっとおかしな行動が多いというウワサは聞くんですよね、僕も(笑)。でも、昔はそんなことまったくなかったです、面倒見のいい先輩だったんですよ。いまでも覚えているのが、僕が全日本からSWSに移る時にやめますって挨拶に行ったんですね。そしたら、菊地さんは大泣きして「出て行くな」と言ってくれて。
──本当にいい先輩ですね。
折原 だから、弟みたいな感じでいてくれたのかなぁ。
──そうですね。北原さんはどうでした?
折原 北原さんからはシューティングの時の佐山先生の話なんかを聞きましたね。練習中は、プロレスっていうよりはキック、パンチの部分で、こんなに厳しいもんだってことは教わりましたね。技術は教わりませんでしたけど、身体には染みこませてもらいましたね。
──すいません、技術は教えて貰ってないのに、身体に染み込むってどういうことですか(笑)。
折原 技術を教えて貰う前に、殴る蹴るの痛さだけが身体に染み込むというか(笑)。
──身体で覚えろという(笑)。
折原 そうですね。でも、やっぱりいい先輩でしたよ。女性ファンも多くてカッコイイなって憧れてましたね。そして小橋さんはプロレスラーとは思えないほど性格のいい人でした。
──可愛がりなんて一切なく?
折原 まったくないです。先輩としての可愛がりみたいな部分は、練習でのスパーリング以外はまったくなかった人ですね。凄く普通に接してくれて、優しい人でした。というよりも、後輩イジメなんかしてるヒマもないんですよ。
──当時は小橋さんも身体が小さかったわけですよね。
折原 大きくなかったですね。だから、人の倍練習してましたね、あの頃から。ミキサーに、プロテインジュースといろんなビタミン剤、それと卵の白身を1パックぐらい入れて飲んでましたね。とにかく身体を強くするため、大きくするためにいま自分が何をするかしかなかったですよ。弱肉強食ですから、いちいち後輩のことなんか構っていられないってところだったと思います。
──それが当たり前ですよね。
折原 当たり前。普段から「オイ、折原」とか言うわけでもないですし。実は僕、一回逃げようと思った時があったんですよ。手荷物持って道場の近くのバス停に居たんですけど、そしたら、向こうから小橋さんが歩いてきたんですね。で、「お前どこに行くんだ」「すいません、もう限界です」と正直に言って。そしたら、小橋さんは、「そうか、お前、お腹空いてるだろう」と言ってきて、僕が「空いてますけど、バスの時間がありますから」って言っても「いいからいくぞ」って。その時が初めてじゃないですかね、命令口調だったのは。それに小橋さん、たぶんメシ食ったあとだったと思うんですね。それなのに、僕を誘ってくれて。
──話を聞かせてみろということですね。
折原 違うんですよ。そんな話もなくメシが終わったら、「食べたか? じゃあ戻るぞ」って。それだけなんですよ(笑)。
──凄いいい話じゃないですか!
折原 ええ。食べてる時も「どうしたんだ」っていう話を一切しないんですよ。「食べたな? うん、じゃあ帰るよ」って普通に。
──本当に大きな人ですね。
折原 だから、テレビで見る通りの人ですよ。北原さん、小橋さん、菊地さんの3人は心から尊敬してましたね。イコールそれは、自分たちも一緒になって辛い練習をしてた人たちだからですよ。ある先輩のように、口に楊枝をくわえてリングの鉄柱に座ってですね、やれスクワットしろ、腕立てしろとか言わなかったですよ。そんな姿を後輩が見たら、「こいつの言うことだけは聞きたくないな」と思いますよね。だから、いまリアルジャパンの道場でも、僕は練習生たちと一緒になってやってます。
──折原さんも一緒に同じメニューでですか。
折原 そうです。さすがに腰が悪いんで、できない時もありますけど、ほとんど一緒になってやってますよ。

【A“世界で一番過酷な佐山サトル道場(リアルジャパンプロレス)”の鬼コーチとしての新しい自分の確立】“世界一のトンパチ”折原昌夫の独占インタビューAへ続く!

旗揚げから、今年の4月で遂に5周年を迎えることになったKAIENTAI-DOJO。2002年の旗揚げから、常設会場の設置、料金後払い制興行、2リーグ分割と、独自の手法でプ
ロレス界でも注目を集めてきた団体である。そのKAIENTAI-DOJOを率いているのがTAKAみちのくだ。世界最高峰のプロレス団体・WWE(当時WWF)でもその実力を認められた男のプロレス人生とは? これまで歩んできた道のりと、自身が率いる「KAIENTAI-DOJO」の魅力について、一気に語り尽くす最終回の第7弾!

★「KAIENTAI-DOJO」の大会詳細とチケットのお申し込みはコチラ!2・24(土)『CLUB−K TOUR in NAGOYA 』、2・25(日)『CLUB−K TOUR in OSAKA 』、【KAIENTAI-DOJO 6周年記念興行】4・8(日)『CLUB−K SUPER ev.6』後楽園ホール大会

★TAKAみちのく が参戦するビッグマッチ『Circuit 2007 NEW JAPAN EVOLUTION 旗揚げ記念日 』 3・6(火)後楽園ホール大会の詳細とチケットのお申込はコチラ!<CTU MUTATION>邪道(CTU)、外道(CTU) vs TAKAみちのく(K−DOJO)、ディック東郷(フリー)

【“純血の純プロレス”のKAIENTAI-DOJOを是非一度!】

──分かりました。さて、近々の話をしたいんですけど、2月3日に新宿フェイスで
『CLUB-K SUPER again』という大会がありますよね。
TAKA それだ! KAIENTAI-DOJOは年明けはタッグリーグ戦を恒例でやっていまして、
その決勝戦をやります。
──『KAIENTAI-DOJOという名のタッグリーグ戦』ですね。
TAKA という名のトーナメントなんですよ(笑)。これは某パチスロ機から名前を取っ
たんですけどね。
──ああ、やっぱり(笑)。なんか聞いたことがあるネーミングだと思いました。
TAKA まだリーグ戦中なんで決まっていないんですけどね(後日、決勝戦のカードは
大石真翔&旭志織〈GETブロック優勝チーム〉vs真霜拳號&円華〈RAVEブロック優勝
チーム〉に決定)。そうだ、うちは今まで千葉では土日で興行をやっていたんですけ
ど、日曜日の昼夜にしたんですよ。
──それはなぜですか?
TAKA 結局、土日にすると両方見たい人は両日見に来なきゃいけないじゃないですか?
 来るだけで電車代が東京だと往復で2,000円ぐらいかかるんですよね。それを省く
ために日曜日の13:00と16:00って固定したんですよ。一応、通し券は500円引きとい
うことで。
──一律3,000円ですよね。
TAKA はい。あと、専門学校生&大学生は1,500円で、高校生は500円、それ以下はタ
ダですね、千葉に関しては。
──お客さんの懐もよく考えてくれてますね。あと、料金後払い制の興行をやってま
したよね。
TAKA それは月1でやってます。でも、結局値段ではないんですよね。カードを見て、
魅力があるかないかなんですよ。うちは毎週日曜日にやっていますから、全部来るの
は大変じゃないですか? で、お客さんはだいたい月4大会のうちどれかに来るわけ
ですよね。だいたい、カードを見て「今週はいいや」、「今週のカードは見に行こう
」ってなりますからね。
──でも、熱心なファンは付いていますよね。だから、西のドラゴンゲート、東
のKAIENTAI-DOJOってなれば。
TAKA なれば良かったんですけどね(笑)。同じような成り立ちじゃないですか。一
方はメキシコから来て、一方はプエルトリコ。でも、大きな差が付いちゃいましたね。
──いやいやこれからですよ。所属選手も多いし。
TAKA 30人ぐらいいますからね。結構、よそはすぐに出て行っちゃったりしますけど、
うちはやりやすいんですよ、多分。自分もうるさいことを言わないし、上で押さえつ
ける人間もいないから、良くも悪くも自由にできますからね。で、2〜3年前まではマッ
チメイクとか全部、自分がやっていたんですけど、今は下に任せているんですよ。
──マッチメイクはもうお弟子さんたちがやられているんですか。
TAKA 最終確認はするけど、よっぽど変なのじゃない限り、「ノー」って言わずにや
りたいことをやらせているんですよ。で、失敗したら「テメエらでなんとかしろよ」っ
て。結局、よそに行ったら、大御所の選手がいたり、先輩がうるさかったりして、や
りたいこともやれないかもしれないけど、うちはそういうことがないんで。
──若い人はやりやすい環境かもしれないですね。
TAKA でも、「とにかく意見があったら言え」って育ててきたら、意見を言いすぎる
ようになっちゃって(笑)。この間もミーティングをしたんですよ、GETで集まって。
自分が「ちょっといいことを思い付いたから、来年はこういう方針でやろう」って自
信満々にぶち上げたら、全員から反発喰らって却下されましたからね(笑)。
──社長の方針にノーと言いましたか(笑)。
TAKA そういう会社なんですよ(笑)。自分に絶対的権力がないんですよね。
──TAKAさん的には何が何でも押し通そうという気持ちはないんですか?
TAKA 押し返されちゃうんですよ。それが良くもあり悪くもあり。「どうなのかな?
」って思うこともあるけど、よそではそういうことはないだろうから、まあいいかな
と。自分の物差しだけじゃ見えないものがあるじゃないですか。
──その辺もプラス思考なんですね。ふざけんなとか思わないんですか?
TAKA いや、思いますよ(笑)。でも、自分もみちのくにいる時にサスケの下で言い
たい放題言ってきて、好き勝手やってきてこうなりましたから。押しつけるよりはい
いのかなって思ってます。これで、お客さんも入るようになってくれれば文句ないで
すけどね(笑)。
──そうなるように、2・3新宿の宣伝の続きをしましょう!
TAKA そうですね。で、毎週日曜日に定期興行を千葉でやってるんですけど、月に1
回ビッグショーをやるんですね。そのビッグショーが次の2月3日の新宿です。GET
とRAVEが一緒にやる興行です。
──で、その後の4月8日に旗揚げ5周年の後楽園と。でも、その間に大阪と名古屋に
も行くんですよね。
TAKA そうですね。大阪と名古屋は久しぶりなんですよ。去年まで3ヵ月に1回行って
いたんですけど、今年の1月に行けなかったんで2月に行きます。
──名古屋が2月24日の『CLUB-K TOUR in NAGOYA』で名古屋ワンダーシティーで開催。
大阪が翌日の25日の『CLUB-K TOUR in OSAKA』で、デルフィン・アリーナで開催です
ね。
TAKA これもGETとRAVEの選抜メンバーで行くんで、現在進行形のKAIENTAI-DOJOを見
せられると思います。で、大阪は指定席があとちょっとしかないんで。
──残りわずかですね!
TAKA 良い席はお早めに!(笑)。
──普段はなかなか見られない名古屋や大阪の方にも是非見てもらいたいですよね。
TAKA でも、ホント自分で褒めるのもあれですけど、うちの選手は実戦経験は豊富で
すし、道場も完備してて環境も整っているんで、選手の技術に関しては結構自信あり
ますからね。名前は無名でキャリア2〜3年の選手ばっかりですけど、自信を持って提
供できます。派手さはない地味なプロレスですけどね。
──選手個々のキャラクターが濃いから地味っていうイメージはあまりなかったです
けどね。
TAKA それをこれからドンドン伝えていかなきゃなって思ってます。大日本プロレス
だとデスマッチ、みちのくプロレスだとルチャっていうイメージがあるけど、うちは
なかったんで。純プロレスって言っても、「純プロレスって何?」って言われちゃう
んで、古き良き昭和のプロレスの進化とでも思ってもらえれば(笑)。まあ、派手な
キャラで地味な試合をして、必殺技ありきのプロレスをやるっていう感じですかね。
──いやぁ、そのプロレスを見てもらうためにも、チケットが売れればいいんですけ
ど、TAKAさんも営業をやっているんですか?
TAKA そうですね。自分もやってますけど、ただ出不精なもんで(笑)。そこで思い
付いたのがメール営業なんですよ。コラム持ったりしてそこのコラムや全日本のパン
フにアドレスを載っけてもらっているんですけど、そうするとそこに不特定多数のファ
ンからメールが来るんで、それにバシバシ営業メールと宣伝メールを送るんですよ。
それが自分のやり方です。
──結構、返信するのが大変じゃないですか?
TAKA でも、携帯に転送しているんで、そうするとヒマな時にポンポンと打てるじゃ
ないですか? それが一番ですね。直接やりとりすることによって買ってくれる人が
いますからね。多い時で後楽園で200枚は売りましたから。今でも、100は確実に売っ
てますよ。
──それは凄いな。TAKAさんから直接買うんだから、ファンにとってはそれに勝るも
のはないですよね。
TAKA 面倒くさがり屋の自分でもこれならできますからね。書留とか振り込んでくれ
る人には非売品のグッズを付けたりしていますので、是非!
──分かりました! では、最後にファンに向けて一言お願いします。
TAKA そうですね。これに目を留めて、ちょっとでもTAKAみちのく、KAIENTAI-DOJO
に興味を持ってくれたらそれがきっかけだと思うんで。好きか嫌いかは見てもらわな
いとどうにもならないと思いますから、KAIENTAI-DOJOの“純血の純プロレス”を一
度見てください。つまらなかったら、1回でいいです(笑)。好き嫌いはあると思う
んですけど、一度だまされたと思って見てください。つまらなかったら、さようなら
(笑)。
──ありがとうございました! では、これからもご活躍を期待しています!

旗揚げから、今年の4月で遂に5周年を迎えることになったKAIENTAI-DOJO。2002年の旗揚げから、常設会場の設置、料金後払い制興行、2リーグ分割と、独自の手法でプロレス界でも注目を集めてきた団体である。そのKAIENTAI-DOJOを率いているのがTAKAみちのくだ。世界最高峰のプロレス団体・WWE(当時WWF)でもその実力を認められた男のプロレス人生とは? これまで歩んできた道のりと、自身が率いる「KAIENTAI-DOJO」の魅力について、一気に語り尽くす第6弾!

★「KAIENTAI-DOJO」の大会詳細とチケットのお申し込みはコチラ!2・24(土)『CLUB−K TOUR in NAGOYA 』、2・25(日)『CLUB−K TOUR in OSAKA 』、【KAIENTAI-DOJO 6周年記念興行】4・8(日)『CLUB−K SUPER ev.6』後楽園ホール大会

★TAKAみちのく が参戦するビッグマッチ『Circuit 2007 NEW JAPAN EVOLUTION 旗揚げ記念日 』 3・6(火)後楽園ホール大会の詳細とチケットのお申込はコチラ!<CTU MUTATION>邪道(CTU)、外道(CTU) vs TAKAみちのく(K−DOJO)、ディック東郷(フリー)

【E夢のオールスター戦実現へ! TAKAみちのくの野望!】

──なるほど。あとKAIENTAI-DOJOのもう一つの特徴として、団体の所属選手の本名
を全員非公開にしていますよね。
TAKA そこはやっぱり昔プロレス大百科とかあって、ミル・マスカラスの本名が書い
てないとか、ミステリアスな部分があったんですよ。やっぱ、レスラーはそういう部
分を残さなきゃなってことで、完全非公開にしています。それはあんまり大したこと
じゃないです。あとはうちの特徴を言うとしたら、デビューが決まって本人の特性を
見極めて、リングネームやコスチュームを決めて、そして必ず得意技を作らせるんで
すよ。
──得意技!
TAKA WWEのレスラーはそうなんですよ。絶対的なフィニッシュホールドを持って
いるんですよ。これが出たら終わりっていう。オリジナルのフォールする技、固める
技を考えさせて、それを徹底的に極めさせる。ホント、それを出したら試合を終わら
せるつもりで試合を組み立てろと言っていますね。必殺技を必殺技にすること。
──当たり前のようですけど、それができないと選手としての個性が出ないですから
ね。
TAKA 猪木さんが延髄斬りやったら終わり、卍固めをやったら終わり。そういうふう
にしていきたいですね。その技が決まったのにそれでも試合が終わらなかったら、ま
た白熱するじゃないですか? それが昭和のプロレスだっと思うんですよね。
──やっぱり、その古き良きプロレスへの拘りは凄いですね。
TAKA ただ拘りはあっても、全試合それじゃ面白くないですからね。うちだってハー
ドコアみたいなのもやるし、お笑いみたいなものやりますから。全部同じ色じゃダメ
だと思うんですよ。で、去年の『インディー・サミット』っていう大会があったんで
すよね。
──大晦日に後楽園ホールで大盛況でしたね。
TAKA 自分の中であの興行は理想なんですよ。全8試合で第1試合で若手の試合やって、
第2試合でエンターテイメント、第3が空中戦、第4が社長ランブルってお笑いがあっ
て、バチバチがあって、大日本のデスマッチがあって、自分らの海援隊☆DXのレジェ
ンドマッチがあって、メインで現行のトップどころがぶつかるっていう。
──それぞれちゃんとテーマのある試合が並んでいましたよね。
TAKA それぞれ色があって、それがうまく出たんで、自分の中で理想の興行だったん
ですね。だから、プロレスだってまだまだ捨てたもんじゃないなって思いましたもん。
大晦日にチケットが完全にソールドアウトしましたからね。あれを自分らで純血でや
れたらいいなと思ってます。
──なるほど。あの大会ではマッチメイカーをやられていましたけど、TAKAさんとし
ては理想的な大成功の大会だったんですね。
TAKA そうですね。それで、その『インディー・サミット』から派生して、最終的に
はプロレスの底上げをしたいんですよ。「プロレスってこんなに面白いんだよ」って
いうのを見せたいし。今、アホみたいに団体が枝分かれしているじゃないですか? 
みちのくから大阪プロレスができて、ドラゴンゲートからドラゴンドア→エルドラド
ができてって。結局、分かれた理由ってお金とか人間関係とか下らない理由なんです
よね。そういうのをまとめるってわけじゃないですけど、ちょっとしたしがらみで分
かれたものを集めたら、もっとでかいものができるんじゃねえかなと。
──それはわくわくする話ですねぇ!
TAKA 去年はGPWAっていう組織ができましたけど、あれはあれでいいとして自分でも
なんかできないかなと思って。今回『インディー・サミット』が成功したんで、春と
夏を使って『プロレス・サミット』への道じゃないけど、『ロード・トゥ・プロレス・
サミット』ができたらなって思ってます。この10年でいろいろと交流ができましたか
ら、ちょっとずつ枠を広げていきたいんですよね。大きな団体同士ではできないこと
でも、自分が動くことによって崩せることもあるかなと。いずれは全団体で夢のオー
ルスター戦をと思ってますけど。
──あの『インディー・サミット』の後に、インディーという言葉を外してやりたいっ
ておっしゃってましたよね。
TAKA 結局、インディーかもしれないけど、その『インディー』っていう言葉で逃げ
ている気がするんですよね。
──「インディーだから、こんなもんでいいんじゃねえか?」っていう。
TAKA それを捨てさせたいんですよね。やっぱり、志が高い奴はいると思うんですよ。
だから、その言葉で逃げている奴もいるかもしれないし、それを商売にしている奴も
いるかもしれないけど、それに頼らないで行こうよと。みんなで上に行こうよってい
う意味があったんですよね。
──インディーという言葉による甘えを捨てさせようということですね。
TAKA はい。あと今は夢がないんですよね。
──夢がない?
TAKA お客さんの目線で見て、「これをやるなら絶対に行きたい!」っていうカード
がないんですよね。今は都内だと毎日のように何かしらどこかで興行をやっているじゃ
ないですか? お客さんからすれば、選択肢はたくさんあるわけですよ。でも、お金
はちょっとしかない。その中から選んでもらうには、よっぽど夢がないとダメだと思
うんですよね。
──あと、交流が多かったり、フリーの選手がいろんな団体に出ることによって、団
体の区別が付かないっていう人もいると思うんですよね。
TAKA まあ、自分もいろいろ出てますけど、「あの人、あそこでも見られるんだ」っ
ていう感じになっちゃいますよね。
──その団体を見るテーマや意味がなくなっちゃうというか。
TAKA だから、自分も最終的にはKAIENTAI-DOJOだけでやって、KAIENTAI-DOJOだけで
しか見られないものを作りたいんですけどね。今は到底無理ですけど。
──TAKAさんは全日本にレギュラーで出場されていますけど、やっぱ
りKAIENTAI-DOJOの宣伝の部分もあるわけですよね?
TAKA そうですね。凄い宣伝にはなっていると思います。ただ、全日本の選手だと思っ
ている人もいるみたいで、それはそれで困るんですけど(笑)。
──でも、もう3年以上いますもんね。
TAKA 去年、RO&Dという外人チームが解散になって抜けようとも思ったんですよ。で
も、自分自身もまだレスラーとして成長しなきゃいけないと思っているんで、一箇所
に留まっているわけにはいかないですし。自分の団体でやりながらも外には出たいん
で。
──まだまだハードなロードは続きますね。
TAKA そんな中、自分、今年の9月で15周年になるなんですよ。
──もう、デビューして15年になりますか。
TAKA ちょうどデビューしたのが15年前の9月4日なんですけど、その9月4日に後楽園
ホールが取れたんで、15周年記念をやろうと思っているんですよ。
──デビュー15周年記念大会ですか!
TAKA まだ何をやるかは考えてないんですけどね。それよりも4月8日に後楽園でやる、
KAIENTAI-DOJOの旗揚げ5周年のほうが大事ですから。
──おお、KAIENTAI-DOJOも遂に5周年ですか!
TAKA ここでGETとRAVEの対抗戦をやります。うちの年間最大イベントで、WWEで言え
ば年に1度の『レッスル・マニア』にあたるところなんですよ。でも、旗揚げした時
点では3周年を大田区体育館か代々木でやって、5周年は横浜アリーナって考えていた
んですけど、凄くずれちゃいました(笑)。
──これからですって!
TAKA うまくいかないですね、人生って(笑)。でも、結局、自分で楽しいか楽しく
ないかなんですよ。やってる自分が楽しくなかったら、見ている人間も付いてくる人
間も楽しくないと思うんで楽しむようにしてます。腐って逃げ出したくなることもあ
るんですけども、プロレスを俺から取ったら何も残らないんですよ。一般常識的な頭
はまったくないし、普通の会社では到底無理なんで。これで食っていくしかないんで
すよ。
──いや、普通の人だったら、こういう道のりは歩めないと思いますよ。今でも選手
としていろいろ試合をして、社長としても道場を経営して、興行を回して、キップ売っ
て、選手を育成してってやってるじゃないですか。なんでそこまでやれるんですか?
TAKA でも、やれることしかやらないんですよ。嫌になったらダメだと思うんで。夜
遅くまで徹夜して仕事とかはやらないです。だから、会社が発展しないんですよ、ワッ
ハハハハ(笑)。
──いや、十分大変だと思いますけどね(笑)。
TAKA よく言われるんですよ、「忙しいんでしょう?」って。そうでもないんですよ。
昼ぐらいにゆっくり起きて、事務所に行って、チケット営業とかパソコンちょこっと
いじって、トレーニングやって、夕方ぐらいに腹減ったら帰る(笑)。
──ガッハハハハ!
TAKA それと、自分は趣味がギャンブルでパチスロを1日1時間以上打つようにしてい
るんで。
──ストレス解消ですか?
TAKA 唯一の趣味なんですよ。自分の楽しみはそれしかないんで。だから、人が言う
ほどそんなに大変でもないんですよ。自分で社長やっているから、自分で好き勝手に
できるじゃないですか? これが所属選手だったら、あれしなさいこれしなさいって
ことになりますからね。だから、今は楽しんでやれるようになっているんで、それが
いいのかなと。

独占インタビューF【“純血の純プロレス”のKAIENTAI-DOJOを是非一度!】へ続く!