【ウルティモ・ドラゴン プロフィール】

 1966年12月12日名古屋市出身。高校卒業後、新日本の練習生になるが身長が足りず入門テストで不合格。

 1987年5月自らメキシコに渡りデビュー。

 1988年7月史上最年少でUWA世界ウェルター級王座を獲得。

 1990年3月「ユニーバーサル・プロレスリング連盟」旗揚げからエースとして参加。その後EMLL、SWS、WAR、WCW等で活躍し数々のタイトルを獲得。

 1997年メキシコにプロレス学校「ウルティモ・ドラゴンジム」を設立。98年7月左肘の手術失敗により長期欠場を余儀なくされる。

 1999年「闘龍門JAPAN」を設立。02年11月よりリングに復帰し、03年5月〜12月にはWWEに上がり全米をサーキット。

 現在は自主興行を中心に、後進を育成しながら日本、メキシコ(CMLL)、イタリア(NWE)、カナダ(UWAハードコアレスリング)、イギリスなど世界各国のリングに参戦中。
 
 2007年5月13日(日)には、“プロレスの殿堂”アレナ・メヒコ(メキシコシティ)にて、自身のレスラー生活20周年及び【闘龍門メキシコ】10周年記念興行『DRAGOMANIA2』を開催。外国人である日本主催のプロレス興行になんと、16,800人(超満員)もの観客が集まった。改めて、メキシコでのウルティモ・ドラゴン伝説を感じさせた。7月22日(日)には、東京・後楽園ホールにて、日本版20周年記念興行を開催。 

【獲得タイトル歴】
UWA世界ウェルター級王座、UWA世界ミドル級王座、NWA世界ミドル級、IWGPジュニアヘビー級王座、ジュニア8冠王座、WCW世界TV王座、WCW世界クルーザー級王座、メキシコ州トリオ王座 IWAカナディアン・ジュニアヘビー級王座


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7月22日(日)後楽園ホールにて開催される『ウルティモ・ドラゴンレスラー生活20周年記念大会』への参戦を目前に控える獣神サンダー・ライガー(新日本プロレス)の独占インタビューをお届けする。

 5月13日(日)アレナ・メヒコで、16,800名(超満員)もの観客を集めて行われた『DRAGOMANIA2(=ウルティモ・ドラゴンレスラー生活20周年記念大会)』他参戦の為に、久しぶりのメキシコ遠征を敢行したライガーを一時帰国の途へ向かうカナダで独占キャッチした!

以下、インタビューを満喫してライガーの熱い思いを体感欲しい!

ライガーも参戦する7・22(日)『ウルティモ・ドラゴン 20周年記念大会』の詳細とチケット申込みはコチラ! 
(対戦カードもコチラからご覧ください!) 


【Q】:今回のメキシコ遠征は大体何回目になるのでしょうか?

【獣神サンダー・ライガー(以下ライガー)】:それはよく聞かれるんですが、何回目かわからないぐらい来てるので、かなりの回数来てるなと言うぐらいしか答えられないですね。古くからのプロレスファンは知ってるかもしれませんが、メキシコにUWAという団体があって、その頃からですから、もう本当にライガーになってすぐ位の時期に、獣神ライガーとして来てますから、かなりの数、ですね。

【Q】:今回のメキシコ遠征のきっかけというか目的は?

【ライガー】:ウルティモ・ドラゴン選手の方からドラゴンマニアへの出場要請があり、新日本プロレスとしても、もう一回メキシコCMLLのパイプ強化という目的もありましたし、後藤洋央紀がメキシコへ遠征してから7,8カ月、どれくらい成長しているのか?そういうことを見たいな、聞きたいな、やりたいなということがあったので、ちょうどそれに乗ったという形で、遠征すればいいかなと思いました。僕だけじゃなく会社の人間も同行して来ましたので、上手くビジネス的な話もしてましたし、実際、僕もその席にいましたし、実りの多い遠征だったんじゃないかと思います。

【Q】:ライガーさんが、プロレスラーになるいきさつ、メキシコから新日本プロレス入団までのことを教えていただけますか?

【ライガー】:どうしても子供のころからプロレスラーになりたいという夢がありまして、中学にはいったら水泳部にはいって身長を伸ばそうとしたり、体力をつけようとしたりしたんですけど、思うように身長が伸びなくて、半ば諦めようとしてた時に、もう引退されてますけれど「マッハ隼人」選手という方がいらっしゃたのですけど、その方も同じようにメキシコに渡ってプロレスラーになったというのをプロレス雑誌で見まして。ああ、その手があるんだとメキシコに渡ったんですよね。
その話をするとみんな凄いですねって言うんですが、べつにメキシコに怪物がいるわけでもなく、メキシコにいるのも人間なわけで、ぜんぜん恐怖感がなかったですね。そこに行けば、そこに慣れるだけで。高校時代にはアマチュアレスリングやりましたし、ウエイトトレーニングもやりましたし、一生懸命練習を積んで、メキシコに渡ってレスラーになろうと、高校を卒業したらすぐに(メキシコに)渡りました。それで、雑誌等でアレナ・メヒコの中に「CMLL」のプロレス学校、道場があることを知り、そこを訪ねて行って、そうしたらわざわざ日本から来たんだから、授業料いらない、好きに練習してくれていいみたいな感じで応対してくれました。凄く、嬉しかったですね。それを今回の遠征でパコさん(CMLLの社長)に言ったらパコさんも覚えていて、「何年前だ?」というから「23,4年前になるんじゃないか」と言ったら大笑いされましたね。「そんなに経つか!」みたいなね。まあそれで練習してたんですが、「メキシコ観光」の方と知り合うことができまして、その方が、グラン浜田さんの麻雀友達で、こっちでやっていくのなら、浜田さんに挨拶しといた方がいいだろうということで紹介されたんですね。やっぱり浜田さんはメキシコでの苦労や、メキシコと日本とは違うよ、ということを分かってらっしゃたので、紹介してもらうなり、「メキシコでやっていくのは大変だよ!」と。「もう一週間したら日本から新日本プロレスの遠征組が来るから、そこで紹介してあげよう。」と言われまして。「まあどうなるかわからないけどね。」みたいな約束をしていただいて。それで(新日本プロレスを)紹介して頂いて、山本小鉄さんに「そんなにやりたいのなら新日本プロレスの道場に入りなさい。」と言っていただいて、それで晴れて新日本プロレスの一員となった訳です。

【Q】:その時の新日本の遠征組というのは?

【ライガー】:アントニオ猪木さん・藤波辰巳さん・初代タイガーマスクさん、その当時の若手ということで、ジョージ高野さん、保永さん、ヒロ斉藤さんも一緒だったかな?
錚々たるメンバーがメキシコにいらしゃいましたね。

【Q】:18才の少年にとって、未知の国のメキシコで治安等の問題もあったりしますが
そういう部分で怖かった点、大変だった点などありますか?

【ライガー】:いや、ないですよ。毎日練習だったし、とにかくここで頑張ればプロレスラーになれるんだと、それしかなかったですからね。あれからいろんな経験をしたり、見たり、聞いたりして、今にして改めて思えば、この国によく一人で20何年前に来たなと思いますけど、その当時はそんなこと構ってられないというか、プロレスラーになる、ということしか頭になかったですからね。

【Q】:言葉のほうは?

【ライガー】:一応、NHKの「スペイン語講座」で勉強したり、本で勉強したりしましたが、まあ、片言ですね。本当に片言を話した程度で。

【Q】:住まいはどこかアパートをお借りしてたのですか?

【ライガー】:それが、「メキシコ観光」の長島さんという方が、ちょうど奥さんが妊娠・出産で日本に帰られるので、「部屋がいっぱい空いてるから泊まりに来ればいいよ。」と言っていただいて。最初は安いホテルでしたが、「すぐにこっちに来いよ!」と言っていただいて。全然知らないですからね、メキシコという土地が。

【Q】:ちょうど1ケ月後くらいに東京の新日本の道場に入門したということですが、入門テストとかはどうだったのですか?

【ライガー】:無かったです。道場に行けばちょうど、もう引退されたんですけど小杉俊二さんに応対していただいて、「聞いてるから、部屋に入れ。」とすぐに入門です。山本小鉄さんに、後で聞いた話ですけど、「こんな右も左の分らない子供をメキシコに置いて帰れない。取りあえず、日本に帰らせてプロレス関係の仕事、リング屋をやったりだとか、そういう仕事に就かせれば納得するだろう。」ぐらいの考えだったらしいです。特に有望な奴だとか将来性があるだとかというのは一切なしで「とにかくメキシコに置いてたらこいつは死んじゃう!」というような感じで入門を許したと言われましたけれどね(笑)。まあ、当然だと思いますよ。

【Q】山本小鉄さんの場合、結構そういう心配をされる方のように思いますね。

【ライガー】:本当に山本小鉄さんには命を救われたというか、本当に命の恩人だと思ってますし、まあ、新日本プロレスに育てていただいたと恩もありますが、一番は山本小鉄さんに拾っていただいた、もちろんグラン浜田さんに紹介していただかなければ、そういう話もなかった訳ですし、メキシコ観光の長島さんが浜田さんと友達じゃなければこのようなこともなかったし、本当に偶然が偶然を呼んで、現在までになれたことに、感謝してますし、(自分は)幸せ者だと思ってます。

【Q】:そういえば、ウルティモ・ドラゴン校長も日本からメキシコに行くときに、山本小鉄さんに紹介をしてもらって、メキシコに渡ったと聞きました。

【ライガー】:そうですね。しばらく練習生として道場にいたんですけど、ちょっと日本でのデビューは難しいとなって、ただ本人がどうしてもなりたいということで、それじゃ、当時うち(新日本プロレス)と提携してました「UWA」の方でデビューする気がないか?ということで、ウルティモ・ドラゴン選手(当時は素顔の本名)が「向こうへ行ってやります」みたいな感じでね。それでうちからの紹介という感じで(メキシコに)行ったんですね。

【Q】:ちょうどライガーさんがメキシコから戻って正式に入門された後にですか?

【ライガー】:何年かあとですね。

【Q】:当時23、4年前と比べてメキシコシティーの町並みというか、国の変化はどうですか?

【ライガー】:いやあ、綺麗になって驚きましたね。空気がまず綺麗になってたし、高層ビルが乱立と言っていいぐらいあっちこっち建ってますし、ただ、メキシカン気質は変わってないですね。車の運転は我先ですし、進路変更させないし、そこを無理やり割り込んでくるし。まあ、そういうラテン系の闘争心みたいなところもあるし、またのんびりと時間を守らないというか、そういう人柄というのかな。国柄の変わってないところもありましたが本当に車も綺麗になってたし、空気も綺麗になってたし、これから将来性のある国だと思いましたね。日本企業もかなり入ってきてると聞きましたしね。将来性のある国だと思います。

【Q】:今回、1週間の遠征で4大会出場でしたが、率直な感想は?

【ライガー】:自分自身で言えばすごくエンジョイできた1週間だったですね。(日本からの)ツアーのファンの方々との交流というのもあったし、打ち上げとかバーベキューパーティーとか、日本企業の方とのそういう交流があって、いろんな話を聞けましたし、ファンの人達とのそういう交流の機会がなかなかないから、いいチャンスだったと思うし。試合に関しては、本当に、(CMLLの)パコ社長も、「いつでも(メキシコに)帰って来い。」と言ってくれるんですよね。その言葉はすごく嬉しかったです。また、色んなレスラーに会いました。ドクトルワグナー、ネグロカサス、テハノJr等、日本によく来てる選手とか、かなり前に会ったことがある選手とか、そういう選手が「おう、ライガー、ライガー!」と言ってくれて、また若い選手が「ライガーに憧れた!」とか、「写真一緒に取ってくれ!」だとかウルティモ・ドラゴン選手を通じて、そういう風に言ってきてくれる選手がいたんでね、すごく楽しかったし、また、メキシコのファンっていうのは、言い方は悪いですけど単純というか純粋というか、やっぱり愛国心って言うんですかね。(日本のレスラーが)メキシコ人とやると、日本人へはブーイングの嵐。そういう単純明快なところも楽しかったし、本当に今回の遠征は、エンジョイ出来ましたね。また、メキシコの人達の心遣いも嬉しかったですね。「いつでも帰って来いよ!」とか、「よく帰ってきてくれた!」とか。あのセリフっていうのは、本当に勇気づけてくれたというか、「第2の故郷」ですよね、メキシコというのは。

【Q】:今回の遠征では闘龍門(ウルティモ・ドラゴンジム)の道場に滞在されたと聞きましたが、
ライガーさんほどの一流選手がホテルではなく、道場を選ばれた理由はありますか?

【ライガー】:そうですね、最初、ウルティモ・ドラゴン選手の方から高山善廣・鈴木みのる選手と同じホテルを用意してくれたんですが、ホテルだと堅苦しいしね、練習するにも不便でしょ。だから、(後藤)洋央紀がどうなってるか気になっていたし、「俺は闘龍門道場でいいよ!」と。あそこに練習器具があるのも知ってたし、1階がね。リングもあるし、2階が日本でいうリビング、食事出来たりするところで、3階、4階が宿泊用の部屋と、なんの不自由もないですよね!道場としては最高ですよ。洗濯機はあるし、屋上があって日光浴が出来るし、練習はガンガン出来るし、食事も困らない、パーフェクトですよね!これからメキシコに行く人間はあそこに泊まるべきですよ!
向こうの若い子(闘龍門道場の若手選手・新弟子)といろいろ話して、僕自身いろいろ勉強になったこともあるし。若い子達は一つになって頑張ってますよ。夜中まで練習して、音が「ちょっとうるせえな」、ということもあったけど、「早く寝ろよ。」みたいな、「俺寝れねえよ!」みたいな(笑)。
でも、それぐらいプロレスに対する情熱を彼らは持ってるんでね、大したもんだなと思いました。

【Q】:彼らに対して、ライガーさんからのアドバイス的なことは、ありますか?

【ライガー】:とにかく怪我するなと、怪我したら何もならないですからね。練習も出来ない、試合も出来ない、怪我が一番恐いですから。怪我だけはするな、これだけです。

【Q】:先程、話に出ました、後藤洋央紀選手。去年の9月からメキシコに(遠征に)来てますが、後藤選手の成長ぶりというのは?

【ライガー】:アレナ・メヒコでタッグを組んでやりましたが、良い選手になってましたね。いつ日本に帰してもおかしくない、身体も出来てましたし。これはファンの皆様へは、「楽しみにしてた方がいいよ!」と。楽しみにしててください。後藤の成長ぶりは素晴らしい。逆に日本にいる同期、山本とかいろいろいますけど、「うかうかしてられないよ!」って言いたいですね。

【Q】:後藤洋央紀選手、本人も体重を増やすためにガンガン食べていると聞きました。

【ライガー】:ただそれは腹の出た太り方ではなくて、練習して身体締まった肩とか凄いですしね、二の腕もすごい太くなっててびっくりしましたね。このままずっと、頑張ってもらいたいですね。

【Q】:日本に帰っても大丈夫ですか?

【ライガー】:いつでもOKじゃないですか。ただ本人がもう少し頑張りたいと
まあ、実際まだ1年経ってないし本人がそう言うんならそれでいいでしょう。

【Q】
昔は遠征というと1年、2年当たり前というか。

【ライガー】:まあ、2,3年が普通でしょうね。ただ、昔はメキシコに行ったら痩せるとか
体調を壊すとかありましたが、今闘龍門ジムがありますし、後藤みたいに身体でかくなれますし、試合もコンスタントに入ってくるし
闘龍門ジムというのはこれから日本人のレスラーの拠点となると思うし
そういうパイプというものを繋いだつもりですし
今回の遠征でそれを確信しましたので、
まあ、2,3年とは言わないがそういう経験もいいじゃないかと思いますね。

【Q】
確かに、いろんな団体の所属選手が集まり、日本では考えられない顔合わせというのが

【ライガー】:そうですね。僕も下田(美馬)選手がマネージャーでセコンドついてくれて、
何か向こうのチームに追っかけられたりしていたけど、そういうのも日本じゃなかなかない
し。奥村選手も頑張ってましたし、本当に刺激になりますよね。
外国で頼れるのは己の身体1つじゃないですか
そんな環境のなかで、下田選手も奥村選手も頑張ってるんで、励みになりますよね。
本当に刺激になりますよね。

【Q】今まで、修行というのはアメリカ、ヨーロッパとメジャーなところがありましたが、
今後というか、メキシコ修行・遠征というのは

【ライガー】僕はいいと思いますよ。いろんな人間が闘龍門で寝泊まりすれば
刺激し合うし、技術を伝え合うこともできるし、相撲でいう出稽古みたいな
ことができると思うので、どんどんやった方がいいと思うんですがね。

【Q】
今回メキシコを拠点とするウルティモドラゴン校長のレスラー生活20周年大会に
新日本プロレスの後輩、後藤洋央紀選手と参戦されましたが、感想は?

【ライガー】:まあ、宿泊はウルティモドラゴンの道場なので、若手からウルティモドラゴンまで
一緒になってこの大会を成功させるんだという気持ちが伝わってきましたよね。
チケット番号を書いたりとか、ポスターを配ったりとか、イベントのスケジュールを
みんなで考えたりとか、1つになってるなと思いましたよ。
特にドラゴンは、睡眠時間が2,3時間というのが1週間近く続いたんじゃないですかね。
だから、気も遣っていたでしょうし大変な思いをしていたと思いますよ。
興行は1万2000人から3000人は入っていたんじゃないですかね、
もう、大成功ですよ。それだけの苦労があって、一致団結して、意見を出し合って
みんなで成功させた興行だと思うんでね、すごい団結力を感じたし
新日本プロレスも見習うべきところは見習うし、これを会社に持ち帰り
こうだった、ああだったといえるし、そういう意味でもあそこの道場に泊まった
甲斐がありましたよね。こうつぶさに見ることが出来ましたしね。

【Q】:帰国後のライガーさんの展望は?

【ライガー】:まあ、ぶっちゃけ正直に今回のメキシコ遠征があって、日本で福岡大会があるから1日だけ日本に帰って来いと。で、すぐカナダに行って、帰ってきたら3日もせずに次のベストオブザ・スーパージュニア。
きついですよ、ハッキリいって。きついですがこれを乗り越えたときにまた何かライガーとして新しい発見が自分自身にあるかもしれないし、今、ドラゴンゲートのベルトを巻いてますので(注:インタビュー収録当時。7月1日にCIMA選手との防衛戦に敗れる)チャンピオンとしての自覚っていうのかな。ハードスケジュールを理由にして成績がよくなかったとは言いたくないし、まあきっちりと、それはそれ、これはこれとやってきたいと思います。
ただほんと、ぶっちゃけきついです。
ちょうどベストオブザ・スーパージュニアの間、4日間くらい休みなんですよ
ああこれは体調を整えるにちょうどいいなと思っていたら
ドラゴンゲートの試合が入ったみたいで、たいがいタフですね。キツイです。

【Q】:鈴木選手や高山選手など、他の団体で活躍されている選手と今回接点をもった
ということは刺激になりましたか?

【ライガー】:まあ、そんな堅いことよりも、やっぱり鈴木とは新日本で同じ釜の飯を食ってたしまあ、いろんな考え方の違いで団体は別々になりましたが、今ではお互いぎゃあ、ぎゃあ言いあってますし、それは多分一緒にいたんで漫才聞いてるみたいになったんじゃないかと思いますが(笑)。そんなやり取りに高山選手も乗ってきますし、そんな堅苦しいことはないですよ。
彼(鈴木選手)は特に3冠ヘビー級王者ですから、団体の看板を背負ってるのはありますよ。口ではどうこう言っても。だけどそういうのは抜きにして、メキシコで楽しくやろうやみたいな感じでしたね。彼らはどうか知らないが、僕はそうだったので、実際試合で絡むこともなかったのでね、そんなに意識することもなかったし。楽しくやればいいのさ。海外に来てまでね、何か、先輩後輩をこう、確かに年齢的なことで年上っていう人に対しての言葉遣いという、日本ならではであると思うし、そういうのは彼らもきちっとやってくれてるしね。それだけやれば、あとはざっくばらんにやれば、いいじゃん!

【Q】:10何年前ライガー選手の提唱で「スーパー・ジュニア」(団体の枠を超えたジュニア・ヘビー級No.1を決めるリーグ戦)を始めた時、やっぱり新日本だけじゃなくもっとインディー団体も含めてみんなでという、いつの時代でもライガーさんの気持ちっていうのは共通してるなと思いました。

【ライガー】:あのねえ、インディーっていうけど、新日本がやってきたこともインディーですよ。
その当時インディーって言葉がなかっただけの話で。考えてごらん、猪木さんがやってたことを。釘板デスマッチを上田さんとやったり。あと、ノーロープの試合をやったり、異種格闘技戦があったりとかさあ。こんなの、今でいうインディーの試合じゃないですか。あんまり僕インディーっていうことばは好きじゃないんですがね。今、「新日本プロレス=ストロングスタイル」と言われてますけど、新日本プロレスは何でも自分のものにしてしまうところそういう貪欲さがある団体だと思うんでね。別にインディーだからどうのこうのないですよ。僕の頭の中ではね。だから、みんながストロングスタイルという言葉に縛られているっていうかさあ、自分たちで世界を狭くしてると思いますよ。だからあんまり僕はストロングスタイルとかインディーって言うことばが好きじゃないんですよ。みんなそれにこだわりすぎてるんだもの。ちょっと真壁が後楽園で真輔を血だらけにしたような試合したら「今のは新日じゃない」と。ちょっと待てと、猪木対タイガージェットシンの試合をよく見てみろと、たいがい血だらけになってたぜ、ていう試合もあるし、ほかにストロングスタイルの試合もあっただろうし、なんかファンの方が自分たちの世界を狭くしてるみたいだよ。俺が入ったころは、1試合目は若手の生き生きした試合、2試合目に荒川さんと永源さんのちょっとお笑いの肩の力が抜ける試合があってそのあと藤原さんとか栗栖さんとか中堅といわれる方の試合があってそれからタイガーマスク、藤波、長州、最後に猪木さんといろんな色があったと思うんですよ。その一部分をとってなんか偉そうにファンの方も、こういうこといったらファンに怒られるかもしれないがレスラーもみんなストロングスタイル、ストロングスタイルって言ってバカじゃないの。今回メキシコに来てねえ、そういう人たちはメキシコに来てプロレス見てみいって。そんなちっちゃなことでぎゃあぎゃあ言ってたら、せっかく面白いプロレスをちっちゃくしてるよと思う。俺は本当にプロレス面白いと思うし大好きだからね。いろんなプロレスがあっていいと思う。だからこそ新日本プロレスをひとくくりにしたくない。ストロングスタイルという言葉に。もちろん練習はしっかりしなければダメですよ。ちゃらんぽらんなことをやってちゃ絶対だめ。きちっと基礎を叩き込まれて、レスリングの勉強をしてその上でいろんな色を出せばいいっていう。誤解してもらっては困ります。いい加減なことをしてたら絶対許せない、俺は新日本プロレスのレスラーとしてリングにあがるべきじゃないと思うし、許せないけれども、そういうのをうちの道場ではきちっとやって、これでOKだというところでデビューをさせてますので、そこは誤解なきように。

【Q】:最後にイープラスをご覧の皆様にメッセージをお願いします。

【ライガー】:今回メキシコ遠征でも感じたことですが、やっぱりプロレスはライブですよ。昔は毎週金曜日にライブ放送がありましたが、今はそういう機会が減ってますので、是非会場に足を運んでもらって試合を見てもらいたいですね。ライブでないとあの興奮というのは伝わらないですよね。会場にきてその雰囲気の中に身を置いてはじめて分かることっていうのがあると思うので、是非一度試合会場に遊びに来ていただければと思います。選手みんな頑張りますので、宜しくお願い致します。
【コレを見れば行きたくなる!大見所特集!】
【抽選でUドラゴン直筆サイン、本場メキシコのマスク等プレゼント!】
722(日)『ウルティモドラゴン 20周年記念大(後園ホ)
“世界の究極龍”ウルティモドラゴンのレスラ生活20周年記念大を見逃すな!
 (構成文:吉川義治)

 今年5月でレスラ生活20周年を迎えるウルティモドラゴン。その20年の史と思い出が詰まった特別イベント『ウルティモドラゴン20th ANNIVERSARY』7月22日、後園ホで開催される。 



 ウルティモ
ドラゴンは、1987年5月13日、メキシコイダルゴ州アレナアフィションパチュカでデビュ。新日本からメキシコに武者修行にていた佐野巧(ノア)畑浩和(引退)とトリオを組み、力派ルドのエルテハノ&エルシグノ&ネグロナバロのロスミショネロス対戦している。
 
 
 ただし、プロ
デビュを果たすまでの道のりは、順風帆なものではなかった。少年時代から大のプロレスファンだったウルティモは、高校を卒業すると同時に生まれ育った名古屋から上京。バイトをしながら新日本プロレス道場に通い、練習生となるが、入門テストで不合格になってしまう。それでもレスラになる夢をち切ることができず、1987年5月に自費でメキシコへと渡った。その迷いのない決と行動力は、ウルティモの人となりを表わすもので、世界をまたにかけて活躍するレスラに大成したのも、そうしたポジティブな思考があってのことだ。
 幸運にもまれた。なんとメキシコ到着3日後に運よくデビュ。同年8月には佐野、畑とともにメキシコ州トリオ王座を獲得し、その年の最優秀外人選手賞に輝いた。天才的な運動神とセンスで次と新しい空中殺法を生み出してきたが、その代表作にしてウルティモの代名詞にもなっているのがケブラになる。

 その後、UWA、AAA、CMLLとメキシコのすべてのメジャ
ー団体でトップを張り、そしてアメリカのWCW、WWEでも成功をめたのは周知の通りだ。
 今大のマッチメイクは、そうしたウルティモのルツと20年のみが色濃く投影されたもので、メインエベントに出場する主役のウルティモは、「自分のデビュー戦のパトナでかなり思い入れがある先輩」の佐野巧とタッグを結成。対戦相手もデビュー戦い、現在、メキシコのウルティモドラゴンジムで先生を務めるネグロナバ、そして06年1月に他界したエルテハノの息子のエルテハノジュニアと、“デビュー戦絡み”の組み合わせとなった。レフェリは新日本の道場でえを受けた鬼軍曹山本小が務める予定になっている。 

 メキシコと新日本
。それこそがメインエベントのキドであり、20周年という節目にあわせ、ウルティモは自身のルツをたどり、己を見つめ直すつもりだ。故知新。メインエベントにはそうしたテマがたわっている。
  

 他にも注目カ
ドが並ぶ神サンダー・ライガ&ミラノコレクションA.T.&岡田かずちかTAJIRI&折原昌夫&大原はじめの6人タッグマッチは、ウルティモと接点の深い選手が集うことになった。
 
y?FP(gpjVKzLVR20070511 034.jpgウルティモにとって、
神サンダー・ライガは新日本道場で同じ釜の飯を食った間柄で、尊敬と信を寄せる先輩だ。ミラノコレクションA.T.&岡田かずちかは自身が主宰する龍門メキシコのヤングドラゴン杯優勝経験者になる。TAJIRIはウルティモに憧れてメキシコに渡った緯があり、折原昌夫はSWS時代、ウルティモとは同じレボリュション所であった。現NWA世界ウェルタ級王者の大原はじめは、岡田かずちか堀口ひろみ龍門メキシコで3トップの一角を成す存在だ。
 果たして、ビッグネムから次世代までが集う6人タッグは、ウルティモのネットワクの一つの集大成ともいえる。

 試合の見どころは、次世代の岡田、大原が大物揃いの中で、埋
することなくいかに存在感を示せるか、という点になってこよう。
 それともう一つ、この6人タッグリンピオという式になっている。ライガ組が善玉であることは一目瞭然。するTAJIRIはWWE時代の位置づけはルドで、折原は暴走ファイトを得意とし、龍門メキシコでの大原の立ち位置は党になる。善がはっきりと分されているということは、見る側にとってこれほど分かりやすいいもない。理屈はほどほどに、純にプロレスをしめる一でもある。また、ウルティモを介する形で現する、ライガー対TAJIRIという顔合わせも非常に興味深い。  

 そして何と、あのサムライ
シロが今大で復活をする。サムライシロとは、越中詩が昭和59年にメキシコ遠征を行なった際に名ったリングネムで、リンピオとして活躍。以、“侍ファイタ”とされるようになった越中だが、このタイミングで、なぜサムライシロを復活させるのだろう?
「越中さんからメキシコに遠征したいという話をいただきまして、10月14日の龍門興行に出てもらうことになりました。越中さんはメキシコではサムライシロでやられていたので、それならば7月22日のウルティモドラゴン20周年記念興行をサムライシロ復活の場にしてもらっていいんじゃないかということで、この試合になりました」(ウルティモ) お笑い芸人のケンドー・コバヤシに、お笑い番組で物似をされ、大ブレイクを果たした越中。オンエア終了後、越中のホムペジには14万件以上のアクセスがあり、ホムペジがつながらなくなったというのだから凄い。そんな旬な男の原点ともいえる“サムライシロの復活は必見ものだ。 

  対
する田島久丸は、龍門メキシコでは珍しい大型選手。一度プロレスからフェドアウトしたものの、離れてみて自分がいかにプロレスが好きであったかを悟り、執念で復をした情熱的な選手だ。今回は本人が大型選手との対戦を希望し、サムライシロー戦現することになった。田島にはプロレスにする思い、情熱を、大先輩に体ごとぶつけていってほしい。
  

 特別試合として
龍門カナダ提供試合が行なわれるが、龍門カナダとは何なのか?と素朴な疑問をお持ちの方もいるはず。簡明をしておくと、カナダのUWAハドコアレスリングの代表が、ウルティモに心し、今年5月25日、のれんわけを受けて旗揚げしたのが龍門カナダになる。提供試合はタッグマッチが予定されており、UWAハドコアレスリングの選手はもちろんのこと、ウルティモが定期参戦しているイタリアの体の選手も提供試合に名を連ねる可能性があるという話だ。
 

  その他、
龍門メキシコに留をしている下田美馬が、1年間の留の成果を問うために、堀田裕美子と一騎打ちを行なうが、え聞くところによると、大会当日、サプライズゲストが現れるかもしれないという。

  
「今回の後園ホルの試合にしては、テマはフィエスタ(お祭り)。僕の20年が凝縮した大にしたいですが、仰しい大ではなく、自分の我がままが利く大にしたい」 凝縮されたウルティモドラゴンの20年が、いかに濃密かつ濃厚なものであるかを、7月22日、後園ホで目せよ!