【Hikaru&前村インタビュー前編】

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2008年12月16日、ZERO1-MAX新宿大会でプロレスリングSUNのHikaru、前村さきが突然の引退を発表。端正なルックスと負けん気の強さで人気を集めるHikaruと、小柄な体格から繰り出されるパワーと技術の高さで魅せる前村が「プロレスをやってきて一番ベストな状態(Hikaru談)」の今、引退する理由は何なのか?

SUN最終興行となる4月26日六本木大会では、前村とHikaruのシングルも決定。前編では2人が引退を決意した理由に迫るほか、後編では全女時代の思い出話から、電撃入籍を発表したHikaruの“恋話(!?)”まで、プロレス&格闘技ライターのささきぃがイープラス独占インタビューを実現した。

ーー今日はよろしくお願いします。
Hikaru「Hikaruです!」
前村「前村さきです!」
2人「よろしくお願いします!!」 

ーー丁寧にありがとうございます(笑)。まず、おふたりが引退を発表された日のことからお話をお伺いしたいと思います。大会前、2人ともごくごく普通だったじゃないですか。
Hikaru「はい、普通でしたね」
前村「ぜんぜん普通」

ーーあの日に引退を発表するってことは決めてらしたんですよね。
Hikaru「そうですね。2人で『緊張するねー』って」
前村「『泣くわー』とか言ってたんですよ。変な緊張と変なテンションで、気持ち悪かったですね」

ーー試合やってても、いつもとは違う気持ちになったりしなかったですか。
Hikaru「いや、試合の時は緊張してたんで。試合終わって、負けちゃったんですよ、あの日。不意に」
前村「不意にね」

ーーHikaruさんが前村さんの丸め込みで、不意に負けてしまったんですよね。
Hikaru「不意すぎたのもあって、発表することさえも忘れそうになりましたね」
前村「ホントに? ちょっと〜(笑)」

ーー勝った前村さんはどんな気持ちでしたか?
前村「私は、試合のときは発表のことは考えてなくて、よし、早く言おうって感じでした。終わった瞬間に気持ちが切り替わりましたね」

ーーあの時、言いよどむというか、声がつまっているように聞こえましたし、目元には光るものもあったように見えたんですが。
前村「それは、ね」
Hikaru「……一大決心でしたからね。自分たちの中では、引退はもう決まっていたことなんで、あぁ、ようやく言えた、みたいな感じでしたね。だから」
2人「スッキリ」
前村「ハモったね(笑)」

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ーー自分たちの中で決まっていることなのに、黙ってるのはしんどいですよね。
前村「泣くかもとか思ったんですけど、晴れ晴れとした感じでしたね」
Hikaru「だから、お客さんやファンの皆さんには『なんだ、あの軽々しい発表は』って思われちゃったかもしれないんですけど、そんなかでも自分たちなりの葛藤があって、いろんな重いがあって、やっと伝えられたっていう気持ちがあって、軽いわけじゃないんですよ」
前村「そうだよね。軽いわけじゃなかったです」

ーー引退を決めたのは、いつだったんですか?
Hikaru「一緒に引退しようとは思ってなかったんです。私のほうが先に、年内に引退しようと思っていますって前村さんに伝えました」
前村「去年の年内ですよ」

ーー去年の年内? 2008年中にですか?
Hikaru「報道では、寿引退とかって言われてるんですけど、そうじゃなくて、引退は引退なんです。それ(※結婚)があったからの引退じゃないんです」

ーーでは、Hikaruさんが引退を決めたきっかけは何だったんですか?
Hikaru「えっとですね……。今の自分は、コーナーからのミサイルキックを100%の力で、お客さんに必ず『すげぇ』と言わせるものを打っているつもりなんですけど、それが、すげぇと言われなくなったら辞めようと思ったんです。今の自分なら、相手の技も100%受けてみせられるし、現役の中で一番体調がいいんですよ。身体の具合も、動きも。このまま辞められたら私、すごい幸せだなぁと思って」

ーー選手は、自分の身体に限界を感じたら辞めるんじゃないかという印象があったんですけど、Hikaruさんの今のお話だと、全く逆ですよね。
Hikaru「そうですね。前村さんがずっと新人の時から私の一番近くで見てきているんで、前村さんが一番分かっていると思うんですけど、私、ほんとに怪我に悩まされて、現役生活を送ってきたんです。今ほど、こんなに動けて、身体が絶好調なときってないんですよ。この1年くらい、痛いとか、手が動かないとか、言ったことないですよね」

ーー全女時代もそうですし、SUNが始まってすぐぐらいの時も、ずっと怪我が続いていましたよね。
Hikaru「いつも、どこかしら怪我してたんですよ」

ーーいま、体重も落としたんだろうなって見て分かりますし、体調も非常に良さそうですよね。そこで『もっともっと動きたい』じゃなくて、今、辞めたいって思うんですか?
Hikaru「いま、本っ当に幸せなんですよ。自分の身体が思い通りに動けて。だから……全力で戦えるうちに辞めたかったんです。プロレスって、強いだけじゃなくて、人間くささを表現したりするものでもあったりすると思うんですけど、私はずっとマイナスで来てて、じりじり歯がゆい思いをずっとしてきて、今、ようやく100%のものを見せられるようになったから、今の自分を記憶に残して欲しいんですよ」

ーーファンの人の記憶に、いまの一番いいHikaruを残しておきたい?
Hikaru「そう。おあとがよろしいようで、って」
前村「アハハハハ」

ーーえーっと(笑)、前村さんはHikaruさんの意志を聞いて、どう感じて、どうご自分で決意されたんですか?
前村「Hikaruからは前々から辞めるとは聞いていたんですけど、私も私で辞めたい気持ちはあったんですよ。なんで辞めるかって、本当によく聞かれるんですけど」

ーーそりゃ聞きますよ!
前村「ハイ(笑)。それはですね、前々から言ってたんですよ。年は明かしていなかったんですけど、この年で辞めると決めていた年に、もうすぐなるので」

ーー○○才ですよね。
前村「……はい。年を言わないでください」

ーーそれって、いわゆる、全女(※全日本女子プロレス)の伝統にあった「定年」の年齢を守るってことですか?
前村「続けたい、辞めたいっていう気持ちには波があったし、いろいろ考えることはあったんですけど、最終的にこの年までには辞めるって思っていましたね。長く続けられる職業じゃ、ないじゃないですか。だから第2の人生を考えて。計画的に生きてるんですよ」

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ーー4月26日のカードがHikaru対前村さきに決定しましたけど、この1年くらい、ずっとお2人はシングルで戦っていましたよね。変なことを聞くようですけど、飽きたりしないんですか?
Hikaru「これが、不思議なことに飽きないんですよ。人間、普通はこれだけ戦えば満たされるじゃないですか。でも前村さんとはどんだけ戦っても飽きないんです」

ーーそうなんですか?
Hikaru「身体の大きさが違うから。私のほうが大きくて、この人は小さいのに、いくら私がガンガン攻めても、この人は来るわけですよ。プロレス界で一番楽しめる相手ですよ。楽しいし、負けたら悔しい」

ーーあんなに毎日のように何戦も何十戦もやってても、負けたらやっぱり悔しいものですか。
Hikaru「悔しいですよ! 前村さんから捕られるときって、ほとんど(手を叩きながら)1,2,3,じゃないんですよ。(高速で)ワンツッスリー!みたいな感じなんです」
前村「違う違う違う!(笑)」

ーーまぁ、Hikaruさんが攻めていると思ったのに、急にフィニッシュが来るという負けかたが多いですよね。
Hikaru「そりゃ悔しいでしょー。9割わたし勝ってるんですよ」
前村「9割はウソ!」
Hikaru「9割5分」
前村「増えてるし!」

ーー前村さんはどうですか。
前村「そうですね。私もHikaruとやるのは一番楽しいですね。何回やっても。一番……一番痛いんだけど、一番危なくない」
Hikaru「そうですね。これが、すごいことで、仲がいいから優しくあてるとか、そういう気はさらさらないんです。信頼してるから、思い切りやれるんです。だからお客さんに、本当の戦いをみせられるんです。本来、女子プロレスがあるもので、女子プロレスって、新人のときに練習試合を毎試合毎試合、道場でやるでしょ。それで信頼関係ができて、思い切りやれるじゃないですか。そういう戦いが、まだ私たちには残っているんです。シングル、もう200回は越えたんじゃないですか」
前村「むちゃくちゃやってますよ」

ーー最後はその2人っていうことしか考えられなかったですか?
Hikaru「私はそうです」
前村「なんでそんな言い方するの(笑)。私も、もちろんそうです」

ーー最後、やっぱり自分が勝ちたいですか?
Hikaru「力尽きて辞めるわけじゃないんで。最後まで、勝負だし。『もうプロレスやりたくない』っていうくらい、徹底的にやろうねって言ってます。悔いが残らないように」

≫後編へ続く!

090426_sun_01.jpgCHICK FIGHTS SUN 「SUN SET」
〜Hikaru・前村さきFINAL〜
4月26日(日) 東京・ベルサール六本木
開場 13:15 / 開始 14:00


【決定カード】
Hikaru vs 前村さき


S席:¥6,000-
A席:¥4,000-


>>チケット申込みはコチラ
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2009年4月26日、女子プロレスラー・前村さきとHikaruが引退する。端正なルックスと負けん気の強さで人気を集めるHikaruと、小柄な体格から繰り出されるパワーと技術の高さで魅せる前村。すでに200戦以上、シングルで激突してきた2人だが「何度戦っても飽きないんですよ」と、互いをもっとも信頼できる相手だと言う。

「人間、普通はこれだけ戦えば満たされるじゃないですか。でも前村さんとはどんだけ戦っても飽きないんです(Hikaru)」

「私もHikaruとやるのは一番楽しいですね。何回やっても。一番……一番痛いんだけど、一番危なくない(前村)」

互いを最も信頼しているからこそ、全力でぶつかりあう戦いが出来る。最後の最後に戦う相手は、お互いの名前しか、浮かばなかった。

「『もうプロレスやりたくない』っていうくらい、徹底的にやろうねって言ってます。悔いが残らないように(Hikaru)」

死力を出し尽くし、プロレスに未練が残らなくなるまで、徹底的に戦う。ともに“次の試合”が無いからこそ、思いのすべてをぶつけあう覚悟だ。終わりを宣言している人間の、最後の最後、完結の章までを見届けることが出来るのは、プロレスというジャンルの特異性であり、他のエンターテインメントに誇れる部分でもあるのではないだろうか。現役生活の中で、もっとも体調、コンディションともにいいと語る2人が見せる最後の戦いは「全力を出し切る」という言葉の、本当の意味とすさまじさを魅せてくれるに違いない。


4月26日(日) 東京・ベルサール六本木 14:00〜
CHICK FIGHTS SUN 「SUN SET」
〜Hikaru・前村さきFINAL〜


【決定カード】
Hikaru vs 前村さき


S席:¥6,000-
A席:¥4,000-


>>チケット申込みはコチラ


問い合わせ:ファーストオンステージ TEL:03-5730-3966
【ウルティモ&楠瀬医師 会見コメント全文アップ!】3・20Zepp Tokyo大会で不死鳥のように必ず復帰します!

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日墨友好400周年記念ウルティモ・ドラゴンプロデュース
『LUCHA FIESTA2009』【東京大会】
3月20日(金・祝)東京・Zepp Tokyo開場16:00開始17:00

★大会詳細とチケット申込はコチラ!

■ウルティモ・ドラゴン&楠瀬医師
★ドラゴン「去年の12月に怪我をしまして、先生に見ていただいたんですけども、腕の回復の方が思わしくなく、3月20日もありますんで、急遽に手術しようと思いまして。詳しいことは先生からお話ししていただけると思います。よろしくお願いします」

★楠瀬医師「ヒジの内側には神経があります。尺骨神経という神経の故障が1つ。もう1つはヒジの前の外側の神経で、専門的になりますけど、後骨間神経という神経が故障したために、握る力が入らない。それから、指を伸ばす力が入らないというのも出てきました。ヒジの部分を酷使して、そのために起こったんじゃないかと思います」

★団体フロント「今後の予定としましては、本日の朝に入院を致しまして、明日手術をいたします。先生、退院の見込みはどうでしょうか?」
楠瀬医師「特に骨をいじったりとかそういうものではありませんので、順調にいけば木曜日の退院を予定しています」

090320_ultimo_10.jpg■質疑応答
――今回行う手術の難しさというのはどの程度なんでしょうか?
★楠瀬医師「手術自体のリスクというのはそんなに高いものではないけれども、神経をいじる手術で、すでに1つ神経を痛めてますから。それがもしダメになると、なかなか手の使い勝手が元に戻らない。そういうことからすると、そう易しいものではないなと。回復が得られない時には試合ができなくなるということもあり得ますから」

★ドラゴン「去年からまったく力が入らない状況で。さきほど先生からお話しがありましたが、先生たちの前でこんな専門的なことを言うのは失礼かもしれないですけど、手というのは神経3本で動かしていまして。その1本が10年前の手術でダメになり、2本はちゃんとしてたんですけど、その2本が同時進行でダメになってしまって、ほとんど力が入らない状態で。12月4日のリアルジャパンで、僕と初代タイガーマスクが組んで、三沢光晴選手・鈴木鼓太郎選手とやった時も、まったく力が入らない状況で、これはちょっとマズいなと。しばらく様子を見ながらやってたんですけど、こういう状況になりました。待っていてもダメだろうということで、とりあえず明日手術を。今、先生からもお話ありましたけど、手術は難しいモノじゃないんですけど、その後に元に戻るかが問題なわけであって。それは先生たちも分からないというのが正直なところですよね、そればっかりは。僕は先生を凄く信頼してますんで、とりあえず手術してみて、いい結果になればなと。3月20日がありますんでね。まあ、右手もありますし、足もありますので、なんとしてもリングに上がって、臨みたいと思います」

――手術後のリハビリ期間はどれぐらいでしょうか?
★楠瀬医師「これは一般的なことですけれども、最初は切ったところの安静で、2週間程度はあまり無理をしないようにしていただいて。糸は10日から2週間ぐらいまでは付けておくと。それから筋力のトレーニングをしていただくという予定でいます」

★ドラゴン「なんでこの時期なのかということなんですけど、先生、これは放っておくと、もっと悪くなるんですよね?」

★楠瀬医師「要するに傷みきってからそこで手を施しても、なかなか元に戻りきらない。本当に故障しきっている状態を0としたら、今は3か4ぐらいですから。それが0になってから手を打っても、なかなか元に戻らない。かと言って、軽ければ処置は必要ないけれども、昨年からあまり回復が思わしくないということで、今やらないと段々悪くなっていくという可能性があるという見方をしました」

★ドラゴン「3月の大会が終わってからということも考えたんですけど、それだとあまりにもダメージが出てきてから時間が経っているので。今回、凄く考えましたけど、先生のアドバイスがあったので。なんとか3月20日は大丈夫だろうということで、それを信じて、明日手術しようかと」

――今は3から4ぐらいの現状ということでしたが、一番良くて10ということですか?
★楠瀬医師「10が正常で、0がまったく動かないということになると、パワーがもう本当に3から4、あるいは2ぐらいの力しか出ない。そういう状態ですね」

――先ほどウルティモ選手の方から「3月20日の試合には出たい」という言葉がありましたが、医師の立場からするとどうでしょうか?
★楠瀬医師「なかなかギリギリのラインですね。厳しいことは厳しいけれど、それはもう持っている運に任せるしかない」
ドラゴン「あと、僕の仲間達にも神経に結構ダメージのあるレスラーがいると思うんですよね。でも、自分の場合のように3つ全部にダメージがあるというのは、おそらく誰もいないと思うんですよ。3本同時に悪い人ってあんまり聞かないんで。先シリーズはなんとか騙し騙しやりまして、やっぱりまったくダメでしたね。あと一番問題はまったく練習ができないということ。もちろん走ったりはできますけど、掴んだりとかができないので、それがちょっと不安かなと」

――このまま放っておくと、3〜4が2、1、0のレベルになってしまう恐れがあるんでしょうか?
★楠瀬医師「その可能性があるから、大事な試合の前ですけど、手術をお勧めしました。それがいきさつですね。握る力が入らないから、日常生活も不自由になる可能性があると。今も不自由ですからね」
ドラゴン「不自由ですね。要はなにも持てないですね、左腕は。もちろんボタンも付けられないし。自分の仕事に関して言うと、コスチュームは自分で着れないですよね、残念ながら。若手に手伝ってもらって着てましたけどね。もうまったく力が入らないんですよ」

――その症状というのは12月の試合で一気に出てきたんですか?
★ドラゴン「いや、12月の試合の前ですね。ちょうど12月4日の試合の3日ぐらい前に、急に力が入らなくなったんですね。“おかしいな、これは”と思って、すぐ先生に連絡しました。メキシコに帰る前だったんですけど、診ていただいて。一旦戻って、また日本に来たんですけど、まったく力が入らなくて、これはちょっとおかしいなと思って。先ほどお話にありましたけど、神経というのは自然に回復してくるので、ちょっと様子を見て回復を待とうという話だったんですけど、それまでに何回も検査をしていただいたんですが、回復が見られないということで、今回手術していただくことになりました」

――手術を決断したのはいつですか?
★ドラゴン「1ヵ月ぐらい前ですね。10年前のケガがありましたけど、気分的にはあの時に比べたら“まただな”という感じで。ただ、今回はある程度覚悟しなきゃいけない。僕は必ず治ると思ってますけど、最悪の場合もちょっと考えなきゃなと。個人的にはもう1回万全な状態にして。ただ、3月20日は万全では上がれないと思います。でも、もう1回万全にしてですね、90年代のライバルと言われてた人たちともう1回一花咲かせて、いい形でプロレス生活の最後を送れればなと思ってます」

――レスラーとしてのゴールを見据えているからこそ、手術という決断をしたんでしょうか?
★ドラゴン「そうですね。やっぱりこの状態ではまともに戦えないですからね。お茶を濁したような試合はできると思うんですけど、自分らジュニアヘビー級の選手というのは、それをやっちゃうとまったくダメなんで。老体は老体ですけど、なんとか試合はこなせるぐらいまでに回復できたらなと。みんな頑張ってますよね。ライガーもそうだし、この間はちょっとマスコミを賑わしたサスケもそうですけどね。彼らは物凄く頑張ってるんで、なんとか彼らにも負けないように、がっちりいきたいと思います」

――3月1日にメキシコの闘龍門の大会がありますが、それについてはいかがですか?
★ドラゴン「一応先生の許可をいただいて、飛行機に乗っても大丈夫だろうということで、土曜日にこちらを発って、現地時間の土曜日に向こうに着きます。興行は闘龍門が仕切るので、会場には行きますけども、試合は欠場ということで。闘龍門の自主興行を欠場するのは5年ぶりぐらいじゃないですかね。ほとんど休んだことがなかったので残念ですけど、それはさすがに出れないと思います」

――手術の時間はどれぐらいですか?
★楠瀬医師「2時間を予定しています」

――ヒジの神経自体は特定の試合で痛めたのではなく、金属疲労的なものですか?
★楠瀬医師「その可能性があると思いますね。やっぱりヒジを酷使してて、病気や怪我もそうですけど、徐々に悪くなって、ある時期に急激に悪くなるということがあります。だから、たぶんそういうようなパターンじゃないかと思います」

ドラゴン「先生は、実はハヤブサに紹介してもらいました。ハヤブサがちょうどヒジをやった時があって。その時に僕がヒジのことで悩んでいた時だったので。その時は労災病院でしたっけ?」
★楠瀬医師「いや、僕もまだ大学にいた時ですね。5月にハヤブサさんが大仁田さんと試合をする前に、ヒジの手術をして。3月かなんかに手術したんじゃないかな」
★ドラゴン「その時にアイツと連絡を取り合って、こういう素晴らしい先生がいるからと。名医なんで、皆さんにもっともっと知ってもらいたいですね。こういう素晴らしい先生がいることを。“東京労災病院ってどこ?”ってみんな聞くんですけど、僕は凄い信頼している病院なんで、こういう機会にもっともっと皆さんにもこの病院を知ってもらいたいなって。有名で大きい病院だけがいい病院じゃないんで」

――執刀されるのは楠瀬先生?
★楠瀬医師「そうですが、手術というのは今、テレビでやってるけど、そうじゃなくて、チームワークなんですよね。1人でやるわけじゃないから。あとは看護婦さんもいるし、チームワークでやりますから」


090320_ultimo_11.jpg■ウルティモ・ドラゴン囲み
「もうこれはしょうがないですよね。さっきも言ってましたけど、今回本当にダメだったら、ここではハッキリ言えないですけど、セミリタイアとかにはなるでしょうね。しょうがないですよね、こればっかりは」

――自分の中で引退は、怪我が一番の要因ですか?
「そうですね。前は先生にまた試合ができるようにいろいろ手術していただいて、なんとか5年かけてカムバックしましたが、今度もまたそういう方法があるかもしれないですけど、5年経ったら47歳になるんですよね。現実的に考えたら厳しいですよ。30からの5年間と40過ぎてからの5年間じゃ全然違うと思うんで。だから、体を万全にして、その時だけ引退試合みたいなことも考えられるかもしれないですけど…。まあ、現実的には考えにくいですよね、正直。本当にいい先生なんで、なんとかなるとは思うんですけど。ただ、自分の場合、正中神経が完全にブチ切れちゃっているんで、普通の人ともともと手の状態が全然違う。こうやって試合をやっているのも結構奇跡的で、専門的なお医者さんに聞くと、“よくやっているね”と今でも言われるくらい、それだけでもラッキーだったんです。今回こういう形で来たというのは、もう一線から退けってことなのかもしれないですよね。分からないですけど、そこは」

――そういう中で手術を迎えるにあたり、どんな気持ちですか?
「もちろん不安はありますよね。手術はやっぱり怖いですよね。麻酔も打ちますしね。正直怖いですよ。だけど、怖いというのもあるけど、前の時はもっと不安も大きかったし、状況とか分かってたんで、結構絶望的な感じがあったんですけど、今回に関しては、周りも知ってますし、逆に良くなるんじゃないかという期待の方が大きいかなという感じですよね、自分的には。ホントにさっきも言いましたけど、ライガーもデルフィンもサスケも、本当にあいつらも必死だと思うんですよ。その中で、自分もなんとか…。実際に彼らと戦うわけじゃないですけど、必死にやっている彼らと、なんとか自分もやっていきたいなって。自分だけここでフェードアウトというのもね。フェードアウトするんだったら戦わないとね、彼らと。あえて僕は世代抗争とかするつもりもないし。もう1回万全な状態になったら、彼らともう1回最後の試合をやってみたいなって」

――今思い浮かぶのはその3名ですか?
「そうですね。彼らが一応90年代のジュニアの一番の黄金時代ですよね。8冠の初代をサスケが取って、2代目が俺で。で、3代目がライガーさんで、デルフィンもいて。他にもいっぱいいますけど、自分の中で特に思い出があります」

――3月20日の大会が決まっていますが、とりあえずはその1試合という感じですか? それともその後の3大会も視野に入れてる状態ですか?
「出ますよ。自分が看板になっている興行なんで、それはホント片腕でも。お客さんには失礼かもしれないですけど、片腕でも出ます、それは。その後は分からないです。まったく白紙で。ただ、メキシコで5月に『ドラゴマニア』があるんでね。それも外せないでしょうね。それが終わったら、しばらくは休養かもしれないなあ、なんてね。なんとか出たいですけど、現実問題はちょっと難しいなと。やっぱりコンディションを整えないといけないんで、それが厳しいですね」

――手術後は左腕以外の部分をトレーニングしていくと。
「そうですね。先生もおっしゃっていたように、病気ではないので、すぐに動かせると思うんですよ。僕もワガママ言って、次の日には退院させてくれって言って。たぶん次の日の夜でしょうね、退院できるのは。先生に“飛行機に乗っても大丈夫ですか?”って聞いたら、“まあ、大丈夫だろう”ということで。まあ、ちょっとムチャですけど、そうしないと間に合わないんで。なんとか大丈夫だと思いますけど」

――ヒジにメスを入れるのは、10年前以来ですか?
「いえ、3年ぐらい経った時にも。要はその時も手がほとんど動かなかったんですね。それを動かすために、正確にはヒジじゃないですけど、ここ(二の腕)を開けました。だから、何回手術したんだろう? 5回ぐらいですね。マジでやばいですよ」

――日常生活が危ないということでしたが。
「ヤバいです。日常生活も厳しいですよね、これはかなり。要はジャージとかはパッと着れますけど、ヒモを結んだりとか、細かいことは全然できないですね」

――今、握力はどのぐらいですか?
「もう5キロとかじゃないですか。本当に小指の方がかろうじて動くぐらいで。力が入るんじゃなくて、曲がるだけなんですよ。要はカバンが持てないですから。動くのは動きますよ。それでも、ゆっくり動くだけで」

――握る状態ではなく、ただ曲がるだけ…?
「そうです。力が入らないですよね。ほぼ無いと思いますよ。良くなるという希望を信じるしかないです。前にやった時は現役バリバリの中でのアクシデントだったんで、かなりショックでしたけど、今回はよく持ったなって。大きい怪我なく…まあ、足とか怪我しましたけど、ヒジがいつまで保つかなというのが正直あったんですけど、“ああ、きたな”という感じですよね。よく保ったなと思いますよ。ホントにそれだけ保ってくれたという。ウルティモ・ドラゴンの中身は皆さんご存じのように、浅井という人間がやってますけど、彼はよく頑張ったなと思います。こんな状態でずっとやってきて。でも、正直言うと、もうちょっと頑張って欲しいですね(微笑)」

――もうちょっとやりたいと。
「前もそうだったんですけど、意地でもカムバックしたいなって。怪我とかで辞めるというのもなんかレスラーらしくないじゃないですか。本当にリング上で、自分の納得できるパフォーマンスができなくなった時が辞める時。今はそうじゃないんで、怪我さえ治れば、また自分を表現することができると思うんですよ。まあ、40歳過ぎるといろいろありますから」
――家族からはどのように?
「2人の娘がいるんですけど、“頑張ってね”という感じですね。ある程度は分かっているんじゃないですか。怪我が付きものというのは」

――90年代のライバルたちの名前を挙げていたが、手術することは伝えましたか?
「知らないんじゃないですかね。話はしてないです。サスケは例の事件があって、ちょっと心配だったんで電話しましたけど、彼は彼で凄い反省してましたね。結局、手術のことは言わなかったですけど、アイツも人生を必死に戦っていると思うんですよ。だから、ああやってテンパッちゃってね。普段はそういうことするコじゃないんで…。なんかそういうのが伝わってきましたよ、なにも言わなくても。アイツはね、自分がプロレスラーになって初めて付き人になってくれたコなんで、自分なりの思い出というのもある。後輩でもありますし、ガーッて来た時は“この野郎”とも思いましたけど、逆にこういう世代になると、そういうのも越えて、なんだかお互いにエールを贈る…なんて言うとカッコイイかもしれないですけど、頑張ってるのが伝わってきましたよね。俺もちょっとやらなきゃなって思いました」