天龍PROJECT 2009.03.04(木)記者会見

“風雲昇り龍”天龍源一郎が自主興行で復活の狼煙!“最年長試合出場記録”に向け百田も始動/天龍PROJECT全対戦カード

3月4日、新宿三丁目の『レストランバーbrut』にて天龍源一郎が記者会見を開き、自主興行『天龍PROJECT』旗揚げ戦の全対戦カードを発表。第1試合で対戦する百田光雄と折原昌夫も出席し、対戦への意気込みを語った。

【興行概要】
■興行名:『天龍PROJECT』
■日時:4月19日(月)開場18:00開始19:00
■会場:東京・新宿FACE
★大会概要及びチケット申込はコチラ!
●各選手コメント全文はコチラ!

「晴れて“天下の素浪人”となり数ヵ月を過ごして参りました」と自嘲した天龍。2月22日のメビウス興行では平井伸和とのタッグで川田利明&折原を撃破し、『ハッスル』休止後の復活戦を勝利で飾った。試合後に発表されたのが、この『天龍PROJECT』。天龍は、メビウスを通じてプロレス復興に努める折原の姿を見て「やっぱり俺は身体を動かして、自分自身で糧を得るしかない」ということに改めて気付かされ、川田との激しい戦いの中で「尻に火が点いた。リングで戦ってる俺が一番俺らしい」と、闘争心が蘇生したという。3月18日にはリアルジャパンでの初代タイガーマスク戦も控えており、“ミスター・プロレス”はイッキにマット界のド真ん中に躍り出る構えだ。

天龍革命から20数年続く戦いへの姿勢は、還暦を迎えた今でも揺らぐことはない。「ふざけすぎる試合も好きじゃない。かと言って真面目すぎるというのもファンが満足するにはちょっと足りない気がする。言葉としては失礼しれないが、80年代のプロレスが楽しかった頃のことを思い出して、エンジョイしてもらえれば」と、あくまで“ファンの満足度”を重視。「初代タイガーも言ってるが、プロレスは娯楽の王様なんだよ。俺も彼も考えてることは一緒。マット界を盛り上げるために、まだまだ戦っていく」とプロレスの復興を見据えた。
大会のメインは、天龍&高木三四郎vs嵐&ディック東郷。天龍はパートナーの三四郎を「プロレス界のスピルバーグ。ファンに飽きさせないプロレスを提供している。人を立てたり、自分が目立ったりというメリハリがよく分かっているレスラー」と大絶賛。「相手は嵐と東郷だし、タフな試合になる」と“激しくわかりやすいプロレス”を地でいく激闘を約束した。
なお、『天龍PROJECT』の旗揚げには、頼もしい仲間が駆けつけた。NOAH退団後から初の試合に臨む百田だ。天龍からの直接のオファーを快諾したという百田は約10ヶ月ぶりの試合に「身体がどこまで動くのかわからないが、練習はずっと欠かしてないし、僕の一番の持ち味は精神力の強さ」とコメント。百田は1948年9月生まれで、今年で62歳。今春の引退試合を計画していたが、諸事情によりキャンセルになってしまたたものの、いつの間にやらラッシャー木村の持つ国内最年長試合出場記録の61歳10ヶ月が見えてきた。記録更新まであと5ヶ月。「折原との試合でどうなるかわからないけど、こうなったら62歳くらいまでやって引退しようかな」と大記録樹立に向け意気揚々だ。

対戦する折原については、全日本時代に幾度となく前座戦線で戦っているハズだが「ほとんど記憶にないし、最近の彼の試合も見てない」とのこと。横にいる折原にチラリと目をやると「どう見てもベビーフェイスじゃないよね」と苦笑しつつ、「俺がメチャメチャにされてしまうだけなのか、それとも少しは反撃できるのか」と独自の視点で見所を語った。
もちろん大ベテランはリング上の敵だけではなく、お客さんの存在も忘れてはいない。「興行が盛り上がるのも盛り下がるのも第1試合次第。僕は昔から“第1試合の帝王”と言われてるから」と“6時半の男”としての自信を覗かせた。

天龍・百田という大先輩の横で恐縮する折原は、いつになく緊張の面持ち。全日本プロレス時代、百田戦に一度も勝ったことがなく、「百田さんを相手に試合時間10分を超えたことがない。バックドロップで必ず沈んでた」と当時を振り返り、「嬉しいことに百田さんは今の自分のファイトスタイルを知らないらしい。プロレスですから、あらゆることを駆使して、ルールの中で思いっきり倒しにいきたい。すごくワクワクしている。必ず10分以上の試合にする」と不敵に打倒・百田を掲げた。

また、今大会ではWARで創設され、ドラゴンゲートが管理していたジュニアタイトル『インターナショナルジュニアヘビー級王座』の新王者決定戦が実現。望月成晃と横須賀享と谷嵜直樹の3WAYマッチで争われる。天龍は「ドラゴンゲートの3WAYではいつもノンストップ。激しいアクションでヒートアップさせてくれると思う」と期待を寄せた。

天龍は今後について「年に5〜6回ぐらい開催したい。そうしないと天龍源一郎の存在価値がなくなる。自分の居所探しだよ」とプランを明かすと、『インターナショナルジュニアヘビー級王座』に次ぐタイトル復活も示唆。WAR認定の日本J1王座や世界6人タッグ王座が再び日の目を浴びる可能性も出てきた。

「今年でもう3度目の成人式。残りの人生、プロレスに捧げるよ」と微笑む天龍。4月19日、老いてなお盛んな昇り龍がマット界に再び革命を巻き起こす。


【興行概要】
■興行名:『天龍PROJECT』
■ 日時:4月19日(月)開場18:00開始19:00
■ 会場:東京・新宿FACE
■全対戦カード
▼第1試合
百田光雄vs折原昌夫
▼第2試合
ベアー福田vsチャンゴ
▼第3試合
井上京子、澤宗紀vs豊田真奈美、矢野啓太
▼セミファイナル『インターナショナルジュニアヘビー級王座決定戦3WAYマッチ』
望月成晃vs横須賀享vs谷嵜直樹
▼メインイベント
天龍源一郎、高木三四郎vs嵐、ディック東郷

■問合せ: 天龍PROJECT実行委員会090−8687−2522
■チケット販売所(プレイガイド):
http://eplus.jp/battle/ (パソコン&携帯)
※セブンイレブン、ファミリーマートにて発券可能。


若いくせに、こいつの人生は凄い!(後編)
〜折原昌夫デビュー20周年記念興行
ポスター.jpg
メビウス 第八章 折原昌夫20周年記念興行
2/22(月) 新宿FACE


折原昌夫インタビュー後編はオヤジと慕う天龍源一郎に対する熱い心情と興行のみどころを語ってもらおう。


顔じゃねえ!

★DEP6079.jpg折原 天龍さんの付け人をやらせてもらうようになったんですが、僕は米のとぎかたもしらないくらいの世間知らずでした。天龍さんにはよくゴツッと殴られました。付け人はかばん持ち。ですから天龍さんと一緒にタクシーに乗るんですが、いちいち「どこに行かれるんですか?」と聞いてしまうんですね。僕としては、着いたらああしてこうしてとイメージを描いておきたいので事前に知りたい。しかし、そういう質問が天龍さんにしてみればナンセンスなんです。聞いた瞬間にゴツッと殴られる。「お前は黙ってついてこればいいんだ」と。顔じゃねえ、ってことです。上の人に対して質問をするという立場ではないってことなんです。
―なるほど“顔じゃねえ”ですか。天龍さんの口癖でもありますね。ところで天龍さんには胸を借りる稽古はした?
折原 一度もなかったです。僕は早く会場について練習をしてるんですけど、そういうのも見てくれたことって、あるのかなと思うくらい。言葉でも教わったことはなかったですね。ただ、僕は天龍さんの試合をセコンドについて食らいついて見ていました。そうして「こうするんだ、ああするんだ」と一人で考えていました。天龍さんの放出しているパワーというのが明らかに他のレスラーと違うなと思いました。これまでタイガーマスクしか好きじゃなかった折原昌夫は、それからというものクルクルパーマが大好きになりました(笑)。とにかく、かっこいいんです。派手なことはしないんですけどね。
―天龍さんのプロレスを見て盗む。まるで職人のようですね。殴られて恨んだことなどはありましたか?
折原 そんな気持ちは一度もなかったです。天龍源一郎が黒といえば黒。白といえば白なんです。けど、恨むようなことなんて一度もなかった。というのは全面的な信頼感を持っていましたからね。当時の全日本プロレスが「天龍さんに合わせて動いている」ということが僕にもわかったくらいですから。全日本(の顔)はジャイアント馬場と天龍源一郎だと僕は思っていましたから。とにかく、天龍さんの付け人をやって、急に生活が楽になったなというのは感じていました。金に関しても先輩方の接し方に対しても。僕は天龍源一郎という鎧をまとって守られているような気分でしたね。

佐山サトルに助けられて

―折原選手は数年前に失踪事件を起こしましたね。
折原 原因はわからないんですが精神的にプロレスが出来なくなってしまった。そんな状況があった時に、佐山さんが僕を誘ってくれたんです。なんで僕に電話をくれたのか、いまだにわからないんですが、佐山さんは僕がプロレスラーとして駄目になったのを記事で見て知っていたようで「リングを去るのは早い。もう一回戻ってこい」と連絡をくれたんです。「恐怖を感じるようになったから」と言ったら「じゃあ、うちで練習をしなさい」と。だからとことんまでリアルジャパンで練習をしました。昼まで新宿二丁目で酒を飲んでいても、絶対に道場行きました。実を言うと酒も飲めないほどだったんですけどリアルジャパンで練習をやりはじめてから酒も復活したんですよ。
―誘ってくれた佐山さんの期待に応えるためにも恐怖を克服しなきゃいけなかった?
折原 いえ、そうではなかった。練習していても、なぜ自分がここで練習をしているのかさえわからなかった。ただ、またプロレスの世界に戻れるかもしれないという希望があったので、とにかくやるしかないと思っていただけなんです。
―どんな練習をしたんですか?
折原 佐山サトルという人は「強いものがプロレスラーになるんだ」という思想の練習ですから、本当に強くなるためのガチガチの練習が始まりました。僕の中では新しく、また厳しかったですね。これまでのプロレスの練習に比べて、痛みは何倍もありました。でも、そういう練習の中でプロレスラー折原昌夫が復活した。

小利口なヤツから夢は生まれない

★DEP5824.jpg―これまで話を聞いてきますと、折原選手の20年は実に濃いですね。
折原 そう言われれば濃いですねえ。激しすぎますね(笑)。プロレスは夢を売る商売というけど、馬鹿なプロレスラーじゃないと夢は売れないような気がしますね。
―そうなんですよ。小利口じゃダメなんですよね。
折原 天龍源一郎も佐山サトルも、いい意味で馬鹿だから夢が売れるんですよ。僕、馬場さんにも笑いながら「馬鹿だなあ」と言われましたよ。
―「馬鹿だなあ」というのはレスラーにとって勲章のような言葉なんですよね。その馬鹿な折原昌夫が20周年記念で天龍さんとのタッグ対決をする。もちろん、天龍さんに対する励ましなんだろうけど、私はそれ以上の何かを感じるんですね。天龍さんが「ハッスル」に出ていた。これに対して折原選手はあまりいい感情を持っていなかったでしょ。
折原 それについては言わなきゃいけない。天龍さんは、そこから逃れることは出来ないでしょうね。逆にそれについて聞かれないとあの人の性格では嫌だと思う。
―男・天龍源一郎だから、そこから逃げたくはないんですよ。
折原 僕は天龍源一郎のレボリューションの一員でした。革命をやろうとしていたんですよ。天龍さんがハッスルに出た時、「ああ、いままでやってきたレボリューションの革命って何だったんだ」と思いました。僕の頭には龍が彫ってあるんですよ。いままで誰にも言っていませんでしたけど、これは天龍の龍ですから。僕は天龍のオヤジが何らかの事情があったんだと思いますがハッスルでやった。僕は「昔のかっこよかった天龍源一郎はどこにいってしまったんだ!」と喪失感がありました。ハッスルのリングで天龍さんが女に踏みつけられていたんですよ。「何をやってるんだ!」と雑誌を見て怒ったこともあった。
―そんなこともありましたね。
折原 ただ、いまの天龍源一郎はそれを深く悔やんでいます。くれぐれも誤解されると困るけどハッスルのことを悔しく思っているんじゃない。天龍さんはあの時使った時間を悔やんでいると思うんです。

自分が天龍源一郎を動かす!

★画094.jpg―いま、天龍さんに対して思うことは?
折原 まだまだお客さんの心を熱くさせることが出来ると思う。天龍源一郎がこれからやることを見て欲しい。そのきっかけをこの興行で出してもらいたい。だから20周年記念興行をやるとなった時、僕から天龍さんに出てくださいと頼みました。僕の思い出の大会ですから、絶対に出てもらわなければいけないと思いましたね。僕の20年間を20分くらいの試合の中ですべて出るとは思いませんけど、思い出の強い人間とやりたくて、僕の中では天龍源一郎、佐山サトルの2人は外せなかったです。ただ、佐山さんは今回、猪木さんの興行に参戦することになっていましたので、今回のカードになったわけです。
―天龍源一郎、平井伸和vs川田利明、折原昌夫ですね。折原選手、どうして天龍さんと組まなかったんですか?
折原 天龍源一郎にガンとぶつかっていきたいという気持ちが強い。天龍さんを動かそうという気持ちでしょうね。ガーッと動く元気のいい天龍源一郎を見て欲しい。
―なるほど、折原選手がぶつかっていって天龍さんの持っているものをフルに出させてやりたいと?
折原 出してもらいたいですね。ともすると忘れてしまっている動きとか、タイミングとか…。僕が全日本プロレスで天龍さんの付け人をやっていた時、セコンドにいて、震えるくらいの試合を見せつけられた。あっという間に試合が終わってしまっているくらいに興奮した毎日でしたからね。そういう天龍源一郎を見せつけたいです。それには僕がガンガンぶつかっていくしかない。

親孝行でぶつかっていく

―折原選手がぶつかればぶつかるほど面白い試合になるわけですね。オヤジをどうしても復活させたいという子供の愛情だなあ。特に手のかかった息子だったですからね。その息子が親孝行をするという…。いいですねえ。ところでタッグパートナーの川田選手に対してはどんな気持ち?
折原 川田さんは全日本時代の先輩なんですけど、僕が体が大きくなれなかった時に、ウエイトのやり方とか必要なことを教えてくれました。同じリボルーションだし。川田さんにとっても天龍さんは当たりたい相手だと思いますよ。
―平井選手が天龍さんのパートナーですが。
折原 彼はWARの時の僕の後輩なんですけど、彼のお父さんはミツ平井さん。天龍さんの先輩ですし、レスリングにしてもお父さんに似ていてオーソドックス。その意味で天龍さんのパートナーになってもらいました。
―レフェリーも和田京平。いいですねえ。この興行は後楽園ホールのほうが良かったんじゃないですか?
折原 いろんな方にそういわれます。でも、僕はたかだかデビュー20年。後楽園はまだまだ“顔じゃない”ですよ(笑)。
―“顔じゃない”ですか。天龍さんの口癖ですね(笑)。
折原 とにかく、今回はメビウスを旗揚げした時に世話になった選手とかもいっぱい参加する。IWAジャパンで活躍した竹迫望美もこの興行で引退します。でも、何と言ってもこの興行の大きな使命は天龍源一郎を復活させることですね。
―自分の20周年は「天龍さんのおかげ」という気持ちがよほど強いんですね。天龍さんの復活は折原選手のイケイケ次第。楽しみにしています。
(取材・文:安田拡了)

メビウス 第八章 折原昌夫20周年記念興行
2/22(月) 新宿FACE

【対戦決定カード】
《メインイベント 折原昌夫デビュー20周年記念試合》
天龍源一郎&平井伸和 vs 川田利明&折原昌夫
※レフェリー 和田京平
《セミファイナル エル・メホールデ・マスカラード選手権試合》
(三代目チャンピオン)エル・サムライ vs (挑戦者・初代王者)ザ・グレート・サスケ
《第四試合 CHOCOBALLFAMILYプレゼンツ 竹迫望美引退試合》
竹迫望美 vs 亜利弥
《第三試合》
(エイペックス・オブ・トライアングルチーム)D・東郷&ブオ・モチェロ vs (トウキョウスケベボーイ)金村キンタロー&B・B非道
《第二試合》
(J・Rメビウスギャラ争奪バトルロイヤル)
月光/ヘラクレス/ラテテデモー/ドクロマンズ1号・2号・3号
※レフェリー 姉崎信康
《第一試合》
(東京愚連隊)NOSAWA論外&華名 vs 藤田ミノル&真琴


若いくせに、こいつの人生は凄い!
〜折原昌夫デビュー20周年記念興行
ポスター.jpg
メビウス 第八章 折原昌夫20周年記念興行
2/22(月) 新宿FACE

トンパチで知られるプロレスラー折原昌夫の「メビウス第八章・折原昌夫デビュー20周年記念興行」が2月22日(日)、都内「新宿FACE」で行なわれる。折原はメインで「男の人生」のすべてを教えてもらったという男・天龍源一郎とタッグ対決(天龍源一郎、平井伸和vs川田利明、折原昌夫)する。折原は、オヤジと慕う天龍がハッスルのリングに出ていたことに「あれはオヤジじゃない!」と反発し、フラストレーションもたまっていた。どうしてもいまのお客さんに天龍の本来の凄みを味わってもらいたいという強烈な欲求。それがこの20周年記念興行のメインカードとなったらしい。このインタビューは前編後編となる。まず前編は折原が天龍と出会う前の痛快人生を知ってもらいたい。


凄い道のり、凄い師匠

★画像090.jpg―20年の月日。どんな気持ち?
折原 あっという間でした。でも、あれもあった、これもあったと思うと短かったとは思えなくなりますね。
―いろんなことがあったということですね。確かに順風満帆なレスラーじゃなかった。いいこともあった。辛いこともありました。
折原 思い出すことが多過ぎますね。初代タイガーマスク(佐山サトル)に憧れてこの世界に入ったんですが、若い時というのは頭で思っていることが素直に体で表現できない。その自分の力不足に腹が立って、周りの人に迷惑をかけた。周りで働いている人のことを微塵も感じなかった。自分勝手なヤツでした。
―そういう自分を叱ってくれた人がいました。
折原 オヤジと言っている人、天龍源一郎さんですね。とにかく、天龍さんが右腕にはめているごっつい指輪が、僕の敵でした(笑)。その指輪のところでゴツッ!と頭を殴られる。口の利き方、態度も悪い。それに僕は感情がすぐに顔に出てしまう。ゴツッ!とやられながら我慢をすること。特に男として我慢しなければならないことを教わったなと思いますね。プロレス以外のところを教わりました。
―プロレス以外ですか?
折原 プロレスはジャイアント馬場さんから教わったと思っていますから。そのほかの人生を教わったのが天龍源一郎さん。そして、佐山サトルさんにも多くを教わりました。
―すごい師匠ばっかりじゃないですか。折原選手は暴れん坊でどうしようもないといわれていたが、何やかやと言って、もの凄く運が強い。この3人が師匠なんだから。これは凄いことです。天龍さんから学ぶこととは“男としてどうあらなきゃいけないのか”というところだと思いますが。
折原 そうです。当時はわからなかったですけど、いまでは本当に感謝しています。たとえばタクシーの乗り方。先輩と歩く時の自分の立ち位置。人に会う時の話し方など、男として生きていくためのしつけのすべてです。だからオヤジと言っているんです。
―ほう。男としての生き方を教わってきたんですね。それがいま身についてきている。そういえば、普段は非常に折り目正しい。しかし、何かここぞという時には怖い(笑)。

高校に住み込みレスリング一色

折原 僕はレスリング馬鹿だったので高校時代は学校に“住み込み”してレスリングばかりやっていました。とにかく学校内から出た事がなかったんです。約3年半くらい。だから、とにかく社会的な常識なんてまったくわからなかったんです。
―ちょっと待った! 学校で暮らしていた?しかも3年半というのはどういうこと?3年じゃないのか?
折原 中学の時、柔道が強かったんです。そして喧嘩ばかりやっていて、ある日校長室に呼び出されたんです。そしたら関東学園大学付属高校(群馬県館林市)のレスリング部の米山監督がいて「明日からうちの高校にきなさい」と言われたんですね。
―え、明日から来なさいって…中学は?
折原 ですから中3の中頃あたりから関東学園に行っていました(笑)。中学は途中から行かなかった。
―ありえない。凄い人生だ!
折原 入学試験も受けていない。一応、作文は書きましたけど。米山監督(当時)がレスリング部を強くしたかったんで、いろんな学校から、血の気の多い野郎たちをスカウトしていたんです。だから、僕みたいな暴れん坊ばかりいっぱいいましたよ。半年くらい経って高校の入学式になったんですけど、その時には3人しか残っていなかったです。厳しいから逃げ出しちゃったんです。朝4時くらいに起きて、10`走る。群馬ですから冬なんか雪も降っています。すると生徒が登校してくる前に学校内に雪かきです。そのあと練習でした。1時限〜6時限までありますけど、まったく授業に出なくても良かった。練習漬けでした。僕らの役目というのは、高校を無事卒業することじゃない。高校の名前を世の中に出すためにあったんですよ。
―徹底していますねえ。凄いなあ。そんな学校、あったんだ。こんな規則だらけの世の中で、そんなことをした監督は断然偉い。
折原 僕は中学の時に初代のタイガーマスクに衝撃を受けてプロレスラーになりたい、と公言していました。だから、米山監督は「うちで3年間頑張ったら、卒業したらプロレスラーになれるように話をつなげてやる」と言われていたんですよ。だから厳しかったけどやり通せた。

馬場さんに直訴

★DEP6075.jpg―そういう監督にめぐりあって、そうして頑張った結果、全日本に入団できた。そして馬場さん、天龍さん、佐山さんともめぐり合う。なんか人生的に凄く恵まれていますよ。めぐり合っても単に通り過ぎていくだけの人もいる。しかし、折原選手はめぐり合った人のところで常に自分のエネルギーを注ぎ込んでいる。だからいま身になっているんですね。
折原 厳しかったけど、そう考えればラッキーですね。
―勉強なんて何にもやってないんですから、それだけでもラッキーですよ(笑)。
折原 勉強、ほんとにやってない。携帯のメールは漢字の変換がある。メール打っていて、漢字に変換されていても、その漢字が正しいかどうかもわからないんですよ。
―わははは。
折原 ホントですよ。だから、よく友達とかに絵文字をよく使うんですよ。絵文字なら漢字がわからなくても気持ちが表現できるから。「え、折原が絵文字を使っている!」ってみんなびっくりしてますけど、単に漢字知らないだけなんですよ(笑)。佐山さんにメールを出す時も絵文字を使いますから(笑)。
―愉快だなあ。脱線しそうだから「レスラー人生」のほうに話を戻しましょう。全日本に入門して、馬場さんの付け人もやっていましたね。馬場さんには叱られなかったですか?
折原 馬場さんに叱られた思い出はひとつもないですね。優しい人でしたね。僕にとって馬場さんは神様でした。全日本プロレスに入る前、僕はサンヨー電器に入っていたんですよ。そこで社会人でレスリングをやっていて優勝とかもしたんですけど、その実績を引っさげて全日本プロレスの入門テストを受けたんですね。そしたら、最後まで僕が残ったんです。だけど1ヶ月くらいしても全日本から連絡がないんで、後楽園ホール大会に行った。馬場さんが売店に座っていて、ちょうど小橋さんが跪いて馬場さんのシューズのヒモを結んでいたんです。僕は真っ直ぐに馬場さんのところに行って「いつになったら合格の返事がくるんですか。僕、受かったんですけど」と訴えた。馬場さんはびっくりしまして「君は誰だ?」と言う。
―そりゃびっくりしただろうなあ。
折原 それでこれまでのことを説明すると「じゃあ、今日から練習生になりなさい」と即答していただいた。そして小橋さんに「それを脱いで、こいつにやれ」と小橋さんの大きなジャージをもらいまして、大きいんで腕を三重くらいに巻いて練習生になったんです。
―傑作だなあ。

男・天龍の人情

折原 でも、そういう入団の仕方だったから、先輩たちからの“かわいがり”というのもあったんですね。悔しくてね。でもグッとこらえていた。ある日、練習終わってちゃんこを作っている時に天龍さんが来た。いつも午後練習に来る時に天龍さんは僕の顔を見ていたみたいなんですね。当時、僕は悔しくて泣いていたみたいなんですよ。それで「毎日泣いてるけどどうしたんだ? 明日から俺の付け人をしろ」と言ってくれた。
―ほう。男・天龍だなあ。しかし、凄い展開になったもんですねえ。
折原 でも僕は天龍さんがどういうレスラーなのか、その時、ほとんど知らなかったんですよ。クルクルパーマのおっさんという感じでね。だいたいジャイアント馬場さんの本名も「ジャイアント馬場」だと思ってたくらいでしたから。
―馬場正平と知らなかったんですか(笑)。
折原 知らなかったんです。それくらいだからジャンボ鶴田さん、天龍さんのことなど知るよしもない。僕の原点はタイガーマスクなんです。だから三沢(光晴)さんだけは知っていました。「え、ここにもタイガーマスクがいる。あのデカいタイガーマスクは誰なんだ?」って。だから天龍さんはまったく知らなかった(笑)
―そうなんだ(笑)。
折原 でも、天龍さんに言われて次の日から付け人をやるようになったら、そこから僕の人生が一瞬にして変わってしまった。全日本の人たちの僕に対する言葉使いががらりと変わってしまったんです。(後編に続く)
(取材・文:安田拡了)

メビウス 第八章 折原昌夫20周年記念興行
2/22(月) 新宿FACE
【対戦決定カード】
《メインイベント 折原昌夫デビュー20周年記念試合》
天龍源一郎&平井伸和 vs 川田利明&折原昌夫
※レフェリー 和田京平
《セミファイナル エル・メホールデ・マスカラード選手権試合》
(三代目チャンピオン)エル・サムライ vs (挑戦者・初代王者)ザ・グレート・サスケ
《第四試合 CHOCOBALLFAMILYプレゼンツ 竹迫望美引退試合》
竹迫望美 vs 亜利弥
《第三試合》
(エイペックス・オブ・トライアングルチーム)D・東郷&ブオ・モチェロ vs (トウキョウスケベボーイ)金村キンタロー&B・B非道
《第二試合》
(J・Rメビウスギャラ争奪バトルロイヤル)
月光/ヘラクレス/ラテテデモー/ドクロマンズ1号・2号・3号
※レフェリー 姉崎信康
《第一試合》
(東京愚連隊)NOSAWA論外&華名 vs 藤田ミノル&真琴