6月29日(金)&6月30日(土)、東京・両国国技館が「YES!」の大合唱に包まれる!
東京・両国国技館で開催されるWWE日本公演「WWE LIVE JAPAN」に、日本育ちでもあるスーパースター、ダニエル・ブライアンが参戦するのだ。

ブライアンの来日は、2012年8月の日本公演以来、6年ぶり。
14年にもメンバーに入っていたが中止になっていた。
しかも16年2月に負傷から引退。同年7月からスマックダウンGMとして登場していたが、選手としての姿はもう見られないと思われていただけに、おもわず「YES!」と叫びたくなるような再来日の決定である。

プロレスキャリアのスタートは、1998年、ショーン・マイケルズ主宰のTWAだった。
マスクマンのアメリカン・ドラゴンに変身し、インディーマットをサーキットした。
当時からインディーシーンでは注目の存在で、ヨーロッパにも足を伸ばした。
イギリスではウィリアム・リーガルからキャッチ・アズ・キャッチ・キャンスタイルの手ほどきも受け、オールスタープロモーションズという現地の老舗団体で試合をしていた。

初来日は99年末のFMWだった。
素顔となり、ブライアン・ダニエルソンのリングネームで新日本やNOAHでも活躍。
IWGPタッグ王者、GHCジュニアヘビー級王座を戴冠し、アメリカに戻るとROH世界王者にも君臨した。

WWE入りは10年のNXT。
当時のNXTは現在のような第3ブランド的位置づけではなく、若手育成をテーマとする新シリーズが始まったばかり。
ブライアン・ダニエルソンからダニエル・ブライアンにリングネームを“逆転”させ、メジャーシーンへのチャンスを掴んだのである。

しかし、試合内容では評価されながらも結果では黒星がつづく。
NXT一期生の同期が反乱を起こしネクサスが結成されると、場外乱闘での大暴れが問題視され解雇されてしまう。
そしてブライアンはふたたびインディーサーキットに戻る。メジャー昇格は夢のまま終わったかのように思われた。

が、同年8月のPPV「サマースラム」で電撃復帰。
カラダは小さいが、緻密なテクニックでどんどん評価を上げていった。
と同時に、その個性が上層部との軋轢というドラマを創りあげていくことにもつながった。

12年の「レッスルマニア28」では、わずか18秒で世界ヘビー級王座から陥落という不名誉な記録を作る。
トリプルHや上層部からのブライアン潰しも露骨になっていった。
そんななか、生まれたのが「YES!」のチャントだった。
この世界共通で、世界一ポジティブな言葉がWWEユニバース(ファン)を一体化させ、ブライアンを後押ししていったのだ。
それは“イエス・ムーブメント”と呼ばれるほど巨大化し世界中に波及。
ブライアンが窮地に陥れば陥るほど、「YES!」の大合唱が大きくなっていく。
一時の流行どころか、それはまったく衰える気配がなかったのだ。

12年8・9&10両国には、この大ブームをひっさげて“凱旋”した。
ケイン、コフィ・キングストンとのシングルマッチは、明らかに日本を意識した試合運びだった。
サブミッションや切り返しの攻防など、通常の試合以上にテクニックを重視。世界中で学んだレスリングを存分に披露してくれた。

その後も一大ムーブメントは衰えることなく、彼自身もWWEのメインストリームに居座りつづけた。
スーパースター中のスーパースターに上り詰めたのだ。

ところが、現実には積年のダメージがブライアンを追い詰めていた。
16年2月、自身のツイッターで引退を表明。
度重なる脳震盪が原因で現役続行が不可能となったのだ。
2・8シアトル大会のオープニングで流れたのは引退決定の映像。
同大会には本人も登場し、劇的な引退セレモニーへ。
大観衆がこれ以上ないほど大きな「YES!」チャントで別れを惜しんだのだった。

その後は前述したようにスマックダウンGMに就任、リング上の登場人物として活動していたのだが、今年3月、医師からの許可が下りたとし、現役復帰を宣言した。
もちろん、WWEユニバースは「YES!」の大チャントで大歓迎の意思を表した。
2年ぶりの試合は、年間最大の舞台である、4・8「レッスルマニア34」。
ブライアンはコミッショナーのシェイン・マクマホンとの上層部タッグを結成し、ケビン・オーエンズ&サミ・ゼイン組の成敗に成功した。
見事な復活を遂げたブライアンは試合後、妻のブリー・ベラとキス&ハグ。
もちろん、現役レスラーとして試合出場を継続、シェインは負傷からの引退を余儀なくされたばかりのペイジを新GMに任命し、ブライアン完全復帰のお膳立てをしてみせた。

「レッスルマニア34」直後のスマックダウンでは、メインでWWE王者のAJスタイルズと一騎打ち。
期待の高さがうかがえるマッチメークである。
しかし、「レッスルマニア34」でまさかの行動を起こした中邑真輔が乱入し、ブライアンにキンシャサを見舞った。
試合が反則裁定になると、中邑は祭典で食らわしたまさかのローブローをふたたびAJにお見舞い。
ブライアンはAJと中邑の抗争に巻き込まれた形だが、ある意味、第一戦に戻ってきたことを如実に示すかのようなシーンでもあったのではないか。
その証拠に翌週(4・17)のブライアンはAJとタッグを結成、ルセフ&エイデン・イングリッシュとメインで対戦した(この試合も中邑の乱入にあっているが)。

その後も6・17PPV「マネー・イン・ザ・バンク」のマネー戦への出場権を巡る闘いに参入(ブライアンは11年のマネー戦覇者)。
敗者復活戦からの最終予選に臨んだが、出場権利はサモア・ジョーにもっていかれた。
それでも、ブライアンが奇跡の復活を遂げた事実は変わらない。そして、「YES!」とともにブライアンが日本に帰ってくる。

日本公演でも必至の「YES!」チャントは、“復帰おめでとう”の大合唱にもなるだろう。
6・29&30両国は、ダニエル・ブライアン復活祭inジャパン。
両手をおもいっきり天に突き上げ、こう叫ぼう。「YES!」「YES!」「YES!」

(構成・文:新井 宏)



■大会名:WWE Live Japan
■日時6.29(金)、6.30(土)
■会場:国技館 (東京都)

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2018-06-18 20:05 この記事だけ表示

記憶に新しい4・8「レッスルマニア34」は、中邑真輔とアスカの日本人スーパースターがある意味、祭典の主役でもあった。
この2人が揃って凱旋を果たすWWE日本公演「WWE LIVE JAPAN」が、6月29日(金)&30日(土)、東京・両国国技館にて開催される。
今回の日本公演は、スマックダウンブランドでの大挙来日。
もちろん、ブランドトップの存在と言えるAJスタイルズもやってくる。

AJは本来、“WWE以外”のところで自身を高めてきたスーパースターである。
たとえ生涯WWEに参戦しなかったとしても、プロレス界に名を残すトップレスラーであることは間違いない。
実際、AJはアメリカのROH、TNA(現インパクトレスリング)など、数あるインディーのなかではメジャー寄りの団体で歴史を創りあげてきた。
とくにTNAでは、Xディビジョンというカテゴリーを一大ムーブメントに押し上げた立役者のひとり。
Xディビジョンは選手権試合化され、現在も稼働中だ。
これは従来のような体重による区分けではなく、ジュニアヘビー級に日本のジャパニーズルチャをミックスさせたようなスピーディーな革新的スタイル。
その最先端で闘っていたのがAJだったのだ。
必殺のフェノメナル・フォアアームは、Xディビジョン時代から磨き上げてきたフェイバリットムーブである。

日本には2003年に初来日。 以来、ゼロワンやWRESTLE−1、新日本プロレスなどのリングに上がってきた。
なかでも14年の新日本再上陸では外国人ユニットのバレットクラブに合流し、オカダ・カズチカのIWGPヘビー級王座に挑戦。
初挑戦では敗れるも、IWGPヘビー級のベルトは2度獲得した。
棚橋弘至、内藤哲也ら新日本のトップと激闘を展開し、従来のジュニアから完全に脱却、ヘビー級外国人のトップに君臨したのである。

現在のライバルである中邑真輔とは16年1月4日の東京ドームで初対戦。
AJが中邑のIWGPインターコンチネンタル王座に挑戦する図式だった。
この試合はボマイェ(現キンシャサ)で中邑が防衛。
翌日の後楽園大会でAJはバレットクラブから追放されてしまったのだが、同月24日にはアメリカ・オーランドでおこなわれたWWEのPPV「ロイヤルランブル」に突如出現、30人時間差バトルロイヤル“ロイヤルランブルマッチ”にサプライズ参戦した。
翌日のロウでクリス・ジェリコに勝利すると、ジェリコとの抗争がスタートしWWEに定着。
ちょうどこの頃、中邑も新日本を退団、2月にWWEと契約を交わし、まずはNXTでのキャリアをスタートさせることになる。

これまで接点がなかったのがウソのように、AJはWWEでのキャリアを順調に重ねていった。
4・3「レッスルマニア32」にジェリコとの一騎打ちで祭典初出場。
バレットクラブ時代の盟友、カール・アンダーソン&ルーク・ギャロ−ズとも再会し、ザ・クラブを発足させた。
世界ヘビー級王座をめぐりローマン・レインズとの抗争も展開。
この年の日本公演には、WWEの顔であるジョン・シナとの闘いを直輸入し、シナから賛辞の声を引き出している。
9・11「バックラッシュ」ではディーン・アンブローズを破りWWE王座初戴冠を成し遂げた。
17年1・29「ロイヤルランブル」でシナに明け渡したWWE王座は、11・7英国マンチェスターでのジンダー・マハル戦で奪回。
中邑がどうしても勝てなかったマハルを撃破し、2度目のWWE王座獲得を成し遂げた。
同月のPPV「サバイバー・シリーズ」では、ノンタイトルながらWWEユニバーサル王者ブロック・レスナーとの“王者対決”も実現させている。

以来、AJはずっとWWE王座を守ってきた(5月23日現在)。
そして今年の「レッスルマニア34」では、ロイヤルランブルで史上初の初出場初優勝を遂げた中邑からの指名を受けるかたちで、WWE王座を賭け東京ドーム以来の一騎打ち。
それは、日本のビッグカードが世界のビッグカードに昇華した瞬間だった。
試合はAJが防衛するも、その後にまさかの展開が待っていた。
中邑がローブロー攻撃で、ヒール転向。
「レッスルマニア34」はゴールではなく、新たなる展開のスタートだったのである。

その後も中邑のローブローはAJを襲いつづけた。 決着つかずの状態が繰り返されたなかでおこなわれた5・15英国ロンドンでのノンタイトル戦。
この試合で勝った方が6・17「マネー・イン・ザ・バンク」での試合形式を決められるという条件がついていた。
この試合では、レフェリーをうまく利用した中邑がキンシャサから勝利、ルール決定権を獲得した。
5・22ウースターで場外乱闘から中邑が口にしたのは、“ラストマンスタンディングマッチ”だった。
最後に立っていた者が勝者。要は、相手を完全KOしなければ勝ちにならない完全決着ルールである。

5月25日、6・29両国での中邑vsAJのWWE王座戦と、6・30両国でこの2人にダニエル・ブライアン、サモア・ジョーを加えた4WAYによるWWE王座戦が発表された。
どちらが王者としてやってきたとしても、中邑とAJのタイトル争いはそのまま日本でも実現することになる。
6月29日、WWE王座のベルトを巻いてリングに上がるのは、AJか、中邑か。
そして翌30日の試合後、ベルトを巻いているのは、いったい誰だ!?

(構成・文:新井 宏)



■大会名:WWE Live Japan
■日時6.29(金)、6.30(土)
■会場:国技館 (東京都)

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2018-06-18 19:56 この記事だけ表示

6月29日(金)&30日(土)に東京・両国国技館でおこなわれる「WWE LIVE JAPAN」に、WWEの歴史を次々と塗り替えたエンプレス(女帝)がやってくる。
当初は今回の日本公演にラインナップされていなかったアスカだが、4・8「レッスルマニア34」の後におこなわれた“スーパースターシェイクアップ”でロウからスマックダウンに移籍。
これにともない、アスカの参戦も追加実現の運びとなったのである。

アスカの“来日”は、2016年7月の東京、12月の大阪、昨年6月&7月の東京、9月の大阪に次ぎ、今回が5度目(昨年9月の大阪公演はセコンドでの来日)。
しかも日本のリングに上がるたびに妖艶さとスケール感を進化させているからものすごい。
初凱旋からして彼女はNXT女子王者として登場した。
16年におこなった日本での試合はすべてがNXT女子王座防衛戦。
ナタリア、ベッキー・リンチという“一軍選手”を相手にベルトを守ると、12月にはNXTのライバルである大型のナイア・ジャックスを地元大阪で撃破した。
昨年の両国2DAYSではベルトこそかからなかったものの、6人タッグ2連戦で当時のロウ女子王者アレクサ・ブリスとお互いのベルトを掲げ視察戦を展開。
近い将来、ロウあるいはスマックダウンでのタイトルマッチ実現を予感させている。
あれから1年、アスカは正真正銘のWWEスーパースターとして祖国の地を踏むことになるのである。

昨年の両国公演ではまだNXT所属だったアスカ。
だが、このときすでにゴールドバーグが保持していた連勝記録173を更新、文字通りの凱旋だった。
アメリカに戻ってからも勢いは衰えず、ベルトを守ると同時にどんな試合でも負けることはなかった。
誰を相手にしても、どんなタイプと闘っても必ず最後には勝っている。
これぞ、アスカの強烈すぎる個性だった。
強さというわかりやすい、かつ実現させるには難しい個性こそが、どんなスーパースターたちにも引けを取らない、絶対的な武器だったのだ。

ところが、8月19日の試合後、右鎖骨骨折が判明、戦線離脱を余儀なくされる。
黒星ではなく、欠場でストップがかかってしまったのである。
しかしながら、不測の事態がかえってアスカをWWE昇格へと導くこととなる。
NXT女子王座の返上とともにブランドからの卒業が決定。
9月に入るとロウの番組内で映像が流され、「ASUKA COMING SOON」の告知がされた。
昇格デビュー戦が10・22「TLC」のビッグマッチでおこなわれたのは大きな期待感の表れでもある。
エマをアスカロックで破ると、その後も快進撃は継続した。
強さを誇示する彼女のスタイルは一軍でも説得力バツグンだったのだ。
関節技やキックなど、日本で磨いた技術がWWEでもしっかり活かされている。

1・28「ロイヤルランブル」では、史上初の女子によるロイヤルランブルマッチで初出場&初優勝を成し遂げた。
同大会の男子ロイヤルランブルマッチでは中邑真輔も初出場&初優勝を達成、日本人はもちろん、WWEにも歴史的一日になったのである。

ランブル戦優勝者には「レッスルマニア」でのタイトル挑戦権が与えられる。
中邑がAJスタイルズのWWE王座をターゲットにすれば、アスカの前にはロウ女子王者アレクサ・ブリスとスマックダウン王者シャーロット・フレアーが立ちはだかった。
アスカの選択はどちらか…しかしここは、北京五輪柔道銅メダリスト&元UFC女子バンタム級王者ロンダ・ラウジーの出現により答えは出ず。
結局アスカは、「レッスルマニア34」でシャーロットのベルトに挑戦する道を選んだ。
日本人選手、しかも2人(中邑とアスカ)がWWE最大の祭典レッスルマニアでタイトルマッチをおこなうと、一体誰が予想できたか。
想像以上のことが、現実世界で実際に起きているのだ。

結果的には、世界最大の晴れ舞台でアスカはシャーロットに敗れてしまった。
これにより、WWE連勝記録も267でついにストップ。
シングルマッチでの黒星は、15年7月20日、WAVE後楽園大会でのトーナメント準決勝、桜花由美戦以来、約2年8カ月ぶりのことだった。
とはいえ、ここは彼女の勇気を賞賛すべきだろう。
シャーロットと言えば、唯一2度のWWE殿堂入りを果たしたリック・フレアーの娘だ。
女子部門をディーバ路線から実力派路線に切り替えた立役者の一人でもある。
血筋はもちろん、大舞台での経験値もアスカを上回るだろう。
そんなシャーロットを前にすれば萎縮してもおかしくない。
しかしアスカは堂々闘い抜いた。本人も納得のフィニッシュ(フィギュア8)だったのではなかろうか。
この敗戦により、アスカは連勝記録の呪縛から逃れたとも考えられる。
だからこそ、今後のアスカにはさらなる期待がかかるのだ。

そして、アスカは4・16&17“スーパースターシェイクアップ”でロウからシャーロットが所属するスマックダウンに移籍した。
「レッスルマニア34」での激闘によるダメージが残っていたのか、シャーロットは祭典直後の4・10スマックダウンでマネー・イン・ザ・バンク保持者のカーメラに敗れており、女子王座から転落していたのだ。
カーメラに襲われたシャーロットを救出したことで、アスカは正式に移籍、スマックダウン所属となった。

そしていま、アスカの新たなるターゲットがベルトになった。
シャーロットとは共闘態勢。
連勝を伸ばしたりロイヤルランブル優勝などさまざまな記録を作ってきたが、WWE昇格後はまだベルトを手にしていない。
だからこそ、次はベルトということになるのだろう。
シャーロットも返り討ちにしているカーメラは昨年6・18「マネー・イン・ザ・バンク」でおこなわれた女子初のマネー・イン・ザ・バンク・ラダーマッチで4人の相手を退け勝利。
パートナーの力を借りた完全なズル勝ちではあったが、権利行使を焦らしながらもついにベルトを巻いてみせた。

スタートしたアスカとの抗争は、“あれから1年”の6・17 「マネー・イン・ザ・バンク」でベルトをかけての決着戦が行われた。
実力的にアスカの圧勝と予想された中、ジェームズ・エルズワースの登場という、昨年の「マネー・イン・ザ・バンク」同様の秘策でカーメラが防衛に成功したが、凱旋のたび進化する姿を見せているアスカだけに、今回の日本公演も期待大、だ。

(構成・文:新井 宏)



■大会名:WWE Live Japan
■日時6.29(金)、6.30(土)
■会場:国技館 (東京都)

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2018-06-18 19:49 この記事だけ表示