[前編]【君は最強の“バチバチ”を知っているか!】e+扱い開始記念!フーテン・プロモーション池田大輔代表 インタビュー(前編)】[プロレス]
【e+扱い開始記念!フーテン・プロモーション池田大輔代表 インタビュー(前編)】
(取材・構成:『Gスピリッツ』村上謙三久)

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 この度、イープラスで“バチバチスタイル”《風天》フーテン・プロモーション興行のチケット販売を開始。 藤原組、全日本プロレス、バトラーツ、プロレスリング・ノアを経て、“バチバチスタイル”を実践するためにフーテン・プロモーションを設立した池田大輔がその代表だ。今回、販売開始を記念して、池田大輔代表に独占インタビューを敢行!この記事で“バチバチスタイル”とは何か?フーテン・プロモーションの方向性は何か?そして魅力は?〜を感じることが出来ると思う。さすれば、君も、ラゾーナ川崎プラザソル大会に行ってしまうだろう!

【大会概要】
★大会名 :『BATI−BATI 13』 
死ぬまでバチバチ、40過ぎたっていいぜぇー!!
★開催日時:2月24日(日)
★会  場:ラゾーナ川崎プラザソル(神奈川)

★フーテン・プロモーション興行詳細(対戦カード)とチケットのお申込みはコチラ!


 4月27日(日)に神奈川・ラゾーナ川崎プラザソルで開催される3周年記念大会に向けて、激闘が続いているフーテン・プロモーション。その特異な“バチバチ”というスタイルは果たしてどんなものなのか?代表を務める池田大輔に質問をぶつけると、返ってきたのは意外な答えだった――。


【バカバカしいことを地味にやるのがバチバチ流】

      「俺も分からないですよ」
 池田大輔から返ってきたのはそんな言葉だった。

 最近、プロレス界では“バチバチスタイル”という単語をよく耳にする。打撃を豪快に打ち合い、避けることなくそれを受け止め、関節を取り合う。そんなスタイルをイメージしてのことだろうが、池田自身はバチバチの大会で配られたフライヤーでこんな風に語っている。

 「私事ですが、最近気になったことがひとつ。他団体でのプロレスの試合でバチバチっぽい試合をして、選手もマスコミも“これがバチバチだ”と言っていること。遺憾です。ちょっとだけ殴り合って、プロレスしたって全然駄目だよ。(一部略)便乗されても、粉骨砕身、バカバカしいことを地味にやっておりますが、どちら様もお楽しみくださいますよう、お願い申し上げます」

“ バカバカしいこと地味にやっている”。バチバチというスタイルを称するのに、一番しっくりくるのはこの言葉だろう。

 かつてU系の団体に見られた“シーン現象”と同じように、バチバチの観客は固唾を呑んで無言でリングを見つめている。激しい打撃の衝撃音が場内に響くと、「…ォォ」と声にならない声を上げる。関節を取り合う選手の吐息が激しくなればなるほど、場内のどよめきも激しくなるが、最後が衝撃的なフィニッシュだったりすると、場内は静まりかえり、ため息がもれることになる。池田は「原始的なのかな。その分、性格も出るしね。力道山の時代に観ている人のような感覚かもしれない」と語っていたが、心を素手で鷲掴みにするようなエネルギーがバチバチのリングにはある。

 「例えるなら、普通なら負けないようにガードしたりするけど、昔のケンカみたいにガードしないで殴り合って、“良かった良かった”って抱き合って仲直りするみたいな感じだよ」

 ノーガードで殴り合い、蹴り合う。至ってシンプルで、最近のプロレスに見られるような華麗な攻防にはほど遠いが、だからこそリング上では選手の激情が爆発する。

「それが快感だったりするんだよ。試合終わった後、みんな笑顔でしょ?」

 ボコボコにされ、顔面が腫れ上がっているのにも関わらず、試合後の選手たちは一様に笑顔で、感情が壊れてしまったように泣き出すことまである。そこには本能だけで戦ったという達成感があるのかもしれない。

 とにかくどんな文章で表現したところで、自分の目で直接見ない限り、バチバチの戦いの本質を伝えることはできないのだ。

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【苦悩と迷走の先に見つけた答えがこのスタイルだった】

 池田は格闘技に傾倒するわけでもなく、だからと言って普通のプロレスにも馴染めず、どちらにも染まらなかった珍しいレスラーだ。学生の頃から強さへの憧れは持っていたが、それを枠にはめられることが極端に嫌だったという。

「俺って競技が好きじゃないんですよ。例えば、高校の時に柔道部にいたけど、型の練習をまったくしなかった。そんなのよりもバックドロップで投げたりしてたんで。最後の試合も反則負けだったし(笑)。投げられないで亀になったら、相手が上に乗っかって仕掛けてきたんです。“この野郎”と思って、“待て”と言われた時に相手を離さずに、そのまま立ち上がって背負い投げをやったら、主審にも怒られて、反則負けになったんですよ」

 そんな池田が魅了されたのがタイガーマスク。華麗さの裏側にある強さに惹かれたのだ。タイガーを追うことで池田はUWFと出会う。未だに「自分の中では一番」だという旧UWFのリングで、今度は後の師匠となる藤原喜明の存在を知ることになる。

 藤原の持つ関節技のテクニックに引き込まれた池田は、必然的に藤原の下でプロレスラーになることを選択した。
「実はもうプロレスを好きじゃなかった。だけど、自分は信心深いというか、1回プロレスをやろうと決めたら、絶対プロレスしかやらないと思ってた。やるんだったら、藤原さんのところに行こうって」

平成5年に藤原組に入門。プロレスラーとしての人生がスタートした。

 藤原組からバトラーツが派生し、そこでバチバチファイトが生まれた。地方の小会場で展開された激しすぎる戦いが専門誌でフューチャーされ、バトラーツという団体も後楽園ホール、そして両国国技館で大会を開くまで成長する。池田も石川雄規のライバルとして注目を集めるようになった。

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 ただ、団体内のスタイルが広がっていくことによって、その過激なスタイルが中和されてしまい、池田自身は物足りなさを感じるようになる。この頃から池田の迷走が始まった。
 周りの思惑に踊らされ、戦いたくない相手ともやらされた。現状を打破すべく「ジャイアント馬場を倒したい」という思いから始まった全日本プロレス参戦。三沢光晴という人間と知り合ったことで、それがバトラーツ離脱、NOAH参加に繋がっていく。


 しかし、いつも池田は困惑しているように見えた。バチバチスタイルの試合がしたいのに、なかなか受け入れられない。王道スタイルを壊そうとハードコアな試合を仕掛けたり、逆に融合しようとも試みたが、うまくいかず、苛立ちだけが募る結果となった。

 そんな中で、2004年の8月に石川雄規と再会したのは運命だったのかもしれない。バトラーツの大会に出場した池田は、臼田勝美とのタッグで石川&原学と対戦した。

 原をKOした池田は、ここ数年一度も見せなかった満足げな表情で「自分にとって原点回帰だった。石川さんとはいろいろあったけど、あの人と戦うと試合で会話ができるんです」とコメントを残していたが、この試合こそ現在のバチバチを生む萌芽となった。

「あれがなかったら、そのままプロレスを辞めているだけだったと思う。もうプロレスを嫌いになってたけど、だったら石川さんとやって終わるかと思って。石川雄規が首が悪いと言ってても、“お前も俺と一緒に死ね”って道連れにしようと思ったんだよ(苦笑)」

 バチバチの旗揚げ戦は、当然石川とのシングルマッチになった。一大会で終わる予定だったが、そこには求心力が生まれ、バチバチという大会が継続していく力になっていく。

「もう道が俺にバチバチをやれって言っているみたいになってきてた」

インタビュー後編に続く!
★バチ4ポスター用 009.JPG
【大会概要】
★大会名 :『BATI−BATI 13』 死ぬまでバチバチ、40過ぎたっていいぜぇー!!
★開催日時:2月24日(日)
★会  場:ラゾーナ川崎プラザソル(神奈川)

【対戦カード】
《第一試合》 ★小坂井 寛 vs 吉川 祐太
《第二試合》 ★長井 満也 vs 森山 大
《第三試合》 ★原 学 & 澤 宗紀 vs 飯伏 幸太 & フジタ“Jr”ハヤト
《第四試合》 ★木村 浩一郎 vs 佐々木 恭介
《第五試合》 ★石川 雄規 vs 臼田 勝美
《最終試合》 ★石川 修司 vs 大場 貴弘
※全試合バチバチルール・30分一本勝負

コメント

バチバチは個人的に好きですよ、プロフィールで流派を書く時バチバチスタイルって書きたいくらいに。温故知新といったら池田さんから見たらカッコつけすぎるかもですが、失くなって欲しくないスタイルだと俺は思います
teramae
(2008-02-25 15:24)

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