【トンパチ・折原昌夫の魅力を教えよう!独占インタビュー第1弾】“世界一のトンパチ”と“平成の天才”が伝説の虎と鈴木みのる抗争に参入![プロレス]

“世界一のトンパチ”折原昌夫の独占インタビューが連載開始! 


(取材・構成:中村カタブツ君)

2006.9.20大会では、“世界一性格の悪い三冠王者”鈴木みのるに一敗地にまみれた“世界のトンパチ”折原昌夫が、鈴木みのるに再び宣戦布告だ!

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【世界一のトンパチ・折原昌夫の魅力を教えよう!独占インタビュー第1弾】アマレス全日本王者が地獄のプロレス新弟子生活にドップリはまった!

“世界一のトンパチレスラー”として、プロレス界では独特のオーラを発しているヒールレスラーが折原昌夫(メビウス)である。刺青にモヒカン(あるいは金髪)といういでたちで、対戦相手のレスラー達を恐怖で震え上がらせる悪役レスラーとしてのイメージが強い折原昌夫だが、プロレスラーとしての出発点である全日本プロレス入門前には、レスリングの全日本王者に君臨するという、実力をも兼ね備え、その素質は初代タイガーマスク・佐山サトルも認めるというマット界きっての“陰の実力者”であることは、一般のファンには浸透していない・・・。現在は、「第2代レジェンド・チャンピオン」のベルトを持ちながら“世界一厳しい”と噂されるリアルジャパンプロレス道場の道場長を務める今回のインタビューでは、彼にプロレス人生の始まりから、最初の師匠であるジャイアント馬場、そして“昭和の怪物”天龍源一郎、現在の自分、リアルジャパンプロレス道場、初代タイガーマスク、佐山サトル、そして、来る3月7日大会で再戦する、鈴木みのる(三冠王者)評など、プロレスファンでさえ、なかなか知ることが出来なかった“プロレスラー・オリハラマサオ”を教えてもらうこととする!


──いきなりですけど、なんか折原さん、生き生きしてますね(笑)。
折原 ダハハハ! 最近よくそう言われるんですよ。2年ぐらい前は折原昌夫自体がダメになったというか、リングのことを考えるだけで吐き気がしたというかね。
──え、そうだったんですか!? 
折原 ええ。自分のファイトスタイルは急所を蹴ったり、イスで殴ったり、反則まがいのことをするキャラクターであったんですけど、それを頭の中でシミュレーションして、次の試合を考えるだけでめまいがして身体が硬直する現象が起きてたんですね。ま、あることが原因なんですけども。それで1年間ぐらい姿を消してたんですけど、先生に言われた、「ウチに来てみないか」の一言で明るく変わってきましたよね。
──そしていまやリアルジャパンの道場長ですからね。ただ、不思議なのが佐山さんと折原さんの関係なんですよね。反則まがいのキャラクターって佐山さんが一番嫌うスタイルだと思うんですけど、評価高いですよね。
折原 決して僕は器用なほうではないと思うんですよ。一つのことしかできないと思うし。ただ、先生が僕を評価してくれたのは“ナチュラル(簡単に言えば、プロレスも格闘技も両方できるスタイル)”の部分で出来るというところですね。
──実は、アマレスで全日本チャンピオンになった実績があるんですよね。
折原 全日本の社会人の70 キロ級で優勝しました。だから、“ナチュラル”ができるという評価は凄い嬉しい言葉なんですけど、プロレスラーは本来、強い格闘家であると思うんですね。やっぱり人間と人間の戦いですから、相手が何をしてくるかわからない。それに即座に対応できなければダメなんです。
──本来そうでなければいけないと思います。
折原 ただ、それはそんなに難しいものじゃないんですよ。僕が昔全日本プロレスに入った時には、すべての選手がナチュラル。先生の言うナチュラルでしたよね。
──今日はその全日時代の話も聞きたいんですけど、当時はどんな練習をしていたんですか。
折原 あの頃は道場に住んでまして、菊地(毅)さん、小橋(建太)さん、北原(光輝)さん、●●●●さんが練習を見てくれましたね。徹底的にしごかれましたね、リングの中でも外でも(笑)。
──外では特に●●さんなんですかね?
折原 そうですね。●●選手はいま、凄く人間が温かくなってるらしいですよ。フッ、ありえないですよ! 
──ワハハハ! ●●さんの可愛がりは有名ですからね。とはいえ、リング内ではそうそうたるメンツですよね。菊地さんはアマレス、小橋さんは柔道、北原さんは佐山さんのところでシューティング(=修斗)を学んでいたわけだし、ナチュラルができるのは当たり前ですから。
折原 そうですね。全日の練習はスパーリングと受け身が多かったんですけど、あとはブリッジ、スクワットという基礎トレーニングですね。僕の場合は、あんなちっちゃいヤツ一日も早く田舎に返せという指令が出てたらしくて。だから、日に日に練習の量は増えてきました(苦笑)。で、ある日、腰をケガして病院に入ったんですけど、そしたら「明日出てこなかったらお前クビだ」って●●選手から言われて、病院を抜け出して帰ってきたこともあります。本人はたぶん忘れてるんじゃないかな、そういうことを。それを思い出させてやってもいいですけどね。フフフ。
──●●さんとの試合は見てみたいですね(笑)。ただ、当時折原さんは身体がまだできてなかったんですよね。
折原 まだ体重も60キロちょっとでしたね。
──えーー! よく入門できましたね。
折原 ウソをついてました(笑)。試合会場にヘルスメーターを置いてあると、馬場さんに「乗ってみろ」ってよく言われるんですね。そうすると、「ちょっと天龍さんの用事があります」とか言って逃げましたね(笑)。
──馬場さん相手にウソついた(笑)。
折原 馬場さんもわかってたと思いますよ。あの頃は食べるのも練習だったんで。僕はアマレスから来たんで練習はどうにか、苦しいですけど、ついていけたんですね。ただ食べるとか私生活はやっぱりプロは違うなと思いましたね。これは脱落するかもしれないと何回も思いましたね。
──主にメシを盛ってくれたのは誰だったんですか。
折原 メシは自分で盛るんですけど、食べろという人はやっぱり●●選手でしたね。ラーメン丼でご飯を5杯ぐらい、なおかつラーメンの丼でちゃんこを3杯ぐらい食べるんですけど、汚い話、トイレに行って一回胃の中をキレイにしたくなるんですよ。でも、トイレには絶対に行かせてもらえないです。
──食べ終わるまでそばに居るんですか。
折原 先輩たちは食べ終わったあと横でテレビを見たり、花札したりしているんで。で、僕が「うぅぅ〜」とか言ってると、「オイ、食え!」と。だからいまでも、友達とかに「食え!」とか言われるとイヤ〜な気分になりますね。
──凄いトラウマになってますね。
折原 なってますね。別にこんなトラウマあってもなくてもいいんですけど、このトラウマから脱出するには、●●選手と戦わないといけないんですね、いまの僕のスタイルで。そしたらたぶんこういうトラウマはその晩からなくなるでしょう。ま、僕は急いでいないので、そのうち機会あればやりたいですね(ニヤリ)。
──楽しみにしてます。その一方、ほかの先輩たちは違ったんですか。
折原 菊地さんは、大東文化大のレスリング部出身なんですが、僕は関東学園のレスリング部の頃から大東文化大の夏の合宿には参加してましたよ。
──じゃあ、その頃から菊地さんとは知り合いだったんですね。
折原 そうですね。菊地さんはアマレス時代から強くて、インカレでも優勝してますし、大東文化大でも凄い練習してましたからね。当時から「俺は全日本プロレスに入りたいんだ」って言ってました。だから、全日本に入った時には向こうも覚えてくれてて、部屋も一緒でしたね。とても優しい人でした。
──でも、菊地さんって、ちょっと変わった方だとよく聞くんですけども(笑)。
折原 いや〜、最近ちょっとおかしな行動が多いというウワサは聞くんですよね、僕も(笑)。でも、昔はそんなことまったくなかったです、面倒見のいい先輩だったんですよ。いまでも覚えているのが、僕が全日本からSWSに移る時にやめますって挨拶に行ったんですね。そしたら、菊地さんは大泣きして「出て行くな」と言ってくれて。
──本当にいい先輩ですね。
折原 だから、弟みたいな感じでいてくれたのかなぁ。
──そうですね。北原さんはどうでした?
折原 北原さんからはシューティングの時の佐山先生の話なんかを聞きましたね。練習中は、プロレスっていうよりはキック、パンチの部分で、こんなに厳しいもんだってことは教わりましたね。技術は教わりませんでしたけど、身体には染みこませてもらいましたね。
──すいません、技術は教えて貰ってないのに、身体に染み込むってどういうことですか(笑)。
折原 技術を教えて貰う前に、殴る蹴るの痛さだけが身体に染み込むというか(笑)。
──身体で覚えろという(笑)。
折原 そうですね。でも、やっぱりいい先輩でしたよ。女性ファンも多くてカッコイイなって憧れてましたね。そして小橋さんはプロレスラーとは思えないほど性格のいい人でした。
──可愛がりなんて一切なく?
折原 まったくないです。先輩としての可愛がりみたいな部分は、練習でのスパーリング以外はまったくなかった人ですね。凄く普通に接してくれて、優しい人でした。というよりも、後輩イジメなんかしてるヒマもないんですよ。
──当時は小橋さんも身体が小さかったわけですよね。
折原 大きくなかったですね。だから、人の倍練習してましたね、あの頃から。ミキサーに、プロテインジュースといろんなビタミン剤、それと卵の白身を1パックぐらい入れて飲んでましたね。とにかく身体を強くするため、大きくするためにいま自分が何をするかしかなかったですよ。弱肉強食ですから、いちいち後輩のことなんか構っていられないってところだったと思います。
──それが当たり前ですよね。
折原 当たり前。普段から「オイ、折原」とか言うわけでもないですし。実は僕、一回逃げようと思った時があったんですよ。手荷物持って道場の近くのバス停に居たんですけど、そしたら、向こうから小橋さんが歩いてきたんですね。で、「お前どこに行くんだ」「すいません、もう限界です」と正直に言って。そしたら、小橋さんは、「そうか、お前、お腹空いてるだろう」と言ってきて、僕が「空いてますけど、バスの時間がありますから」って言っても「いいからいくぞ」って。その時が初めてじゃないですかね、命令口調だったのは。それに小橋さん、たぶんメシ食ったあとだったと思うんですね。それなのに、僕を誘ってくれて。
──話を聞かせてみろということですね。
折原 違うんですよ。そんな話もなくメシが終わったら、「食べたか? じゃあ戻るぞ」って。それだけなんですよ(笑)。
──凄いいい話じゃないですか!
折原 ええ。食べてる時も「どうしたんだ」っていう話を一切しないんですよ。「食べたな? うん、じゃあ帰るよ」って普通に。
──本当に大きな人ですね。
折原 だから、テレビで見る通りの人ですよ。北原さん、小橋さん、菊地さんの3人は心から尊敬してましたね。イコールそれは、自分たちも一緒になって辛い練習をしてた人たちだからですよ。ある先輩のように、口に楊枝をくわえてリングの鉄柱に座ってですね、やれスクワットしろ、腕立てしろとか言わなかったですよ。そんな姿を後輩が見たら、「こいつの言うことだけは聞きたくないな」と思いますよね。だから、いまリアルジャパンの道場でも、僕は練習生たちと一緒になってやってます。
──折原さんも一緒に同じメニューでですか。
折原 そうです。さすがに腰が悪いんで、できない時もありますけど、ほとんど一緒になってやってますよ。

【A“世界で一番過酷な佐山サトル道場(リアルジャパンプロレス)”の鬼コーチとしての新しい自分の確立】“世界一のトンパチ”折原昌夫の独占インタビューAへ続く!



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