「プロレスから得たものは“感動”」最後のバチバチファイトを目に焼き付けろ!引退試合直前、竜司ウォルターに独占インタビュー![格闘技]

■大会名:「The Tempest Dragon竜司ウォルター引退試合」
■日時:8月23日(日) (18時試合開始)
■会場:東京・新宿FACE

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バチバチと言われる熱いファイトを展開してきた竜司ウォルターが、8月23日(日)、東京・新宿FACEで引退試合をおこなうことになった。プロレスに入門して20年、自主興行は10回目。その節目と同時にマットを降りることに決めた竜司はいまどんな心境なのか、話を聞いてみた
(聞き手&撮影/新井 宏)

――8月23日(日)に新宿FACEで開催される自主興行が10回目とのことですが、今回でのプロレス引退を発表されました。引退を決めた理由はなんでしょうか。
「2011年に自分が所属していたバトラーツの解散がありました。自主興行もやっていましたけども、昨年具合を悪くして、ちょっと倒れまして、脳梗塞みたいな感じと血糖値が高かったもので、ちょっと体重を下げないといけない。あと、父親が会社をやっていまして、もういい歳で入退院を繰り返している。親が元気なうちに安心させてあげたいなという意味で親の後を継ごうと。いままでアメリカ行ったり日本でもプロレスやったりしたんで、今後の人生は親孝行のほうに回してみたいなと思いまして、それで今回、引退を決めました。もともとアメリカで首をちょっとケガしてまして、そこに爆弾というか後遺症を持っているんです。それに8年前ですか、またケガをしまして、そこからほぼ毎日のように痺れが止まらない。それを機に首の神経も痛んでまして、もし治すとしたら手術しかない。現在プロレス団体どこにも上がっていませんので、中途半端にやるよりも終止符を打とうかなと思いまして、引退となりました」

――お父さんを継ぐという部分と、肉体的部分の二つの要因が重なっていると。
「ハイ、そうです」

――引退試合が迫っていますが、いまの心境はどうですか。
「リングから2年間離れてまして、最後にやった選手が元UWFインターの山本喧一選手でした。本当は引退試合にやりたかったんですけど、山喧選手も引退したので、そこでタッグを組んでいた原学というボクと同じバトラーツ経由で来ている選手で、彼がずっとシングルマッチを熱望していましたので、ボクも一度彼とやってから終りたいなと。彼もいまU−FILE CAMPで活躍してチャンピオンになったので、逆指名というかどれくらいすごくなったのか確かめたい。引退興行ではいろんな選手が出ますけど、ファンの人から見ればバトラーツの選手がどこにいるんだという話にもなるので、メインでバトラーツをガッチリ決めようかなと。ルール的にはバトラーツは解散してますし、石川雄規のほうからもバトラーツは終わったということなので、今回、テンペストルールという形でやります。ルール的にはバトラーツとほとんど同じですけど」

――ということはバチバチファイト?
「バチバチですね。ノックアウト、ギブアップのルールで、ピンフォールがないということです」

――そもそも竜司選手はどのようにしてプロレスラーになったんですか。
「経由的には、もともとボクはロードウォリアーズのホーク・ウォリアーを知ってまして、ホークが自分のアニキ的存在だったんですよ。アメリカで彼とジムで知り合ってから、ちょうど彼がミネアポリスからタンパに引っ越したときちょうど、マレンコ道場のほうに入ったらいいんじゃないかということで。ボクもバチバチ系のファイトが好きだったので、ディーン・マレンコから関節技を教えてもらって、いまではUFCと言われてるあっちの方面に行く予定だったんです。道場に入ってオーディションとかいろいろありましてそこをクリアーして、今日からプロレスラーになれって話になって、それでプロレスのノウハウを教えてもらって基礎を教わって。もともと極真空手をやっておりましたので空手の練習をずっとやってたんですけど、プロレスの練習はすごい練習をするんだな、ついていけるかなというのが正直な気持ちでした。右も左もわからないままロサンゼルスから渡り、マレンコ道場に入門しホークからディーン・マレンコを紹介してもらってマレンコ道場での練習が始まり、そのときにちょうど元UWFのレフェリーで(ミスター)空中さんという方がいたんです。ボクのコーチのジョー・マレンコさん、ディーン・マレンコさんに加えて、そこでシュートレスリングを教わりました。ボクは両方教えてもらう形で、その間に空中さんが亡くなったんですが、マレンコ道場経由ってほとんどUWF系が多かったもので、プロレスラーはこういうものなのかというものを両方教えてもらいましたね」

――両方のプロレスというのは?
「アメリカのプロレスも教えてもらい、日本のプロレスもまたストロングスタイルというものを教えてもらったと。そのときに石川雄規という自分の社長がマレンコ道場だったもので、ちょうどその道場を卒業してから藤原組からバトラーツに代わり、そのときにちょっと見させてもらったんですよ。もともとボクは空手やってたものでああいう闘いをしたいなと、アメリカンプロレスよりもストロングスタイルのプロレスをやりたいと。それで日本にアメリカから逆輸入という形で日本に渡りマレンコ道場からバトラーツに移って、自分の好きなスタイルで(やることにした)。そのときは寝技的にはそんなにできなかったんですけど、入ったときに石川雄規から教えてもらい、それでその前にもジョー・マレンコから教えてもらい、自分に合ったプロレスを追及していきたいなと思っていままでやってきました」

――逆輸入のバチバチファイターということですね。
「ハイ」

――入門して約20年。この20年間で、プロレスの一番の思い出というとなんですか。
「たくさんありますけど、プロレスというのは本当に奥が深いというか、いろんな人がエンターテインメントとかいろいろ騒がれてますけど、本当に奥深いと思ってます。その奥深さを知ったことが一番ですかね。自分が技をおぼえていけばいくほどプロレスはお客さんに喜ばれるし、魅せられる。また自分が考えてきた、どういうプロレスの流れをするかとかを考える。たとえば本番でぶつかったときに自分が個人的に考えたことをお客さんの前とその選手にぶつけて、選手がこういう技を出してきたらこうやって返そうと試合前に想像しながら当日に向けてがんばって、それが表に出たときにお客さんが喜んだ顔、あと盛り上がったというときがうれしい。そこにやっぱり勝ち負けだけではないというか、プロレスの奥深さというか、またおもしろさというんですかね、そういうのがあると思うんです。ボクらが闘ったことに対してお客さんが涙流してたりとか、感動してたりとかそういうものですよね。たとえ負けたとしても、負けっぷりのよさもプロレスでは光りますし、負けちゃったで終わるわけではないので、プロレスというのはほとんど内容(がすべて)。内容でどこまで濃さが出るか。とくに日本ではストロングスタイルのプロレスがありますから、本当に強い人間がプロレスラーになる。ボクらの若いころはそうやって教わってきたので、そこでプロレスの舞台に上がれた。ましてやバトラーツというバチバチ。ロープ振ったり3カウントでおぼえてきてるプロレスを学んできたので最初は正直手こずりましたけど、UWF系からきてる闘いをさせてもらった。ただやっぱりU系の方からアメリカに来たときに教えてもらったりとか、寝技でも寝技のアートというんですかね、そのアートの部分をどのように出していくか。それには本当に技もおぼえないといけないし、そこで蹴ったり殴ったりの、それでも立ち上がっていく勇気と、立ち上がったときにどうするかというそこでお客さんがどうとらえていくかというお客さんとの駆け引きとか、選手と自分との駆け引きとか。10年以上日本でやって、いろんな意味で勉強になりましたね」

――そのなかで思い出の試合を一つ挙げるとすればなんでしょうか。
「一つ挙げるとしたら、8年以上前に藤原組長と仙台で闘った試合ですね。そのときに組長の奥深さというんですか、関節の鬼ってすごく有名じゃないですか。関節技の鬼というものはもちろんテレビとかで見ててわかっていたんですけど、組長の力のすごさに驚きましたね。あと打たれ強さ。あれだけ殴っていっても倒れない。やっぱり昭和のレスラーっていうのはものすごい鍛えて、鍛えた貯金があるから何年もできるんだなというすごさを試合で教わって。また関節技に関してもこういうディフェンスがあるんだと試合中に教わりました」

――いままでのキャリアのなかで、プロレスから得たものはなんですか。
「プロレスで得たものは、やっぱり感動ですね。ボクらが闘うことでお客さんが感動する。自分が闘って自分が感動しちゃう部分もありますし。あといい試合すると、寝られないんですよね、1週間くらいずっと」

――興奮して?
「ええ、興奮して。相手の入場曲もアタマのなかでずっと流れてたり。いま藤原組長の話をしましたけど、組長の曲、ワルキューレの騎行がずーっと流れてるんですよね。同じリングに立ってホンモノが出てきたって思うし、真向かいにいるっていう興奮もありますし。言葉では表現できないんですけど…」

――その興奮が、後々まで残るということですね。
「残るんですね。残るんですよ。そこから、前に進むんですよ。またリングに上がりたいという気持ちが自分のなかで作り上げられて、またやっていきたいと。それがこの20年やって、やっとその興奮も、覚めてはないですけど、そのなかでやりたいことを一生懸命やってきて自分のなかで覚めたという言葉よりも尽くしてきたので、もうそろそろ終止符にしてもいいかなと。ちょうど大会も10回目になるのでちょうどいい区切りかなということで。竜司興行というものをおこなってきたのは、もともとバトラーツが埼玉中心でやってまして、越谷や北千住とやってきたんですけど、なかなか新宿とか東京でやることがなかった。ボクが生まれが東京なので地元のともだちとかにも見せたかったし、あとはバトラーツの闘いはこうなんだというものを表に出したかったんです。自分らが言われてショックだったのは、出来レースなのとか、八百長なのとか、そういうことも聞かれました。だからそう言う人にこそ実際に生で見てもらいたかった。総合格闘技がブームになったとき総合のすごさもありますけど、プロレスのすごさというものを見てもらいたかった。見たこともないのにそういうこと言ったりもするので実際に自分らの闘いを見て、実際に目で見たどんな感想を持つのか聞きたかったんです。実際に(自主興行を)9回やってきて、昔からのファンから耳に入るのは昭和のプロレスをありがとうって言葉ですよね。いま、ボクらが入門したときとはかけ離れた考えの若い子たちが増えてますけど、昭和のプロレスもまたおもしろいんだよって。昭和の闘いというか、セメントという闘いがあったりとか、業界用語みたいな感じですけど、カラダを本当に鍛え上げた人間が上がって殴り合っても倒れない、技を真正面から受けてそれでも立ち上がっていくというもののすごさをリングからお客さんに伝えていきたかったんです」

――そういう意味でも、引退興行はプロレスラーとしての集大成になりますか。
「そうです。集大成ですね」

――いろんな選手が出場しますが、参戦メンバーはどういう基準で?
「たとえば、金村キンタローさん、黒田哲広さんはボクらがやってるプロレスとはまたかけ離れたプロレスというか。どっちかというとハードコア、ボクらはバチバチ。日本のプロレスというのは本当に幅広いなというものを全体的に見せていきたいんですよね」

――そういうことでアパッチの金村、黒田選手も入っていると。
「ハイ。金村キンタローさんのプロレスを見て、おもしろいんですよ。笑いも出るし、それでプロレスのすごさ、レスラーの打たれ強さも全面的に伝わるんですよね。お客さんはU系が見たい、ふつうのプロレスが見たい、バチバチが見たいといろいろありますけど、結局そのなかで見たところで、U系もふつうのプロレスもハードコアもバチバチも含めて盛り上がったもの勝ちかなと。プロレスでのジャンルもみんな違いますし、いろんなスタイルがありますけど、クラシックなプロレスとか、ハードコアがあったりとか、ド突き合いがあったり、バチバチがあったり、寝技の攻防戦があったり、プロレスの奥深さ幅広さを全面的に出した人をひとつの興行にまとめたいと思って」

――ハードコアのレスラーがいるなかに、藤原組長も参戦すると。
「そうですね。また藤原組長は奥深いというか、Uスタイルもできればふつうのプロレスもできれば、幅広くできるんで」

――組長は今回ハードコアのなかに入っていくことになります。
「60歳を過ぎてるし、一般の人から見たら大丈夫なのと思うじゃないですか。でも年齢を感じさせない動きと若さというんですかね、それはある意味ボクらも勉強になりますし、ある程度の年齢を越えた方々も喜ぶと思う。また、やる気や勇気とか明日も頑張ろうという、そういうものがリングから伝わっていくんじゃないかなと。プロレスラーって何歳でもできるって言われますけど、決してそうじゃない。そこはあのリングに上がったものにしかわからないと思うんで。やっぱり練習してないと何歳でもできる仕事ではないと思うんです。過去の貯金があって、そこにまた過去の経験があってこそできるもの。60歳過ぎてなにもバックグラウンドもなくこれからプロレスラーになりますと言われてもなにができるんだという話になるんで。やっぱり本当にできる人間があのリングに立たないといけないと思います」

――プロレスラー、竜司ウォルターとはどんなプロレスラーでしたか。
「簡単にいうとケンカプロレスというか、そういうレスラーだったと思います。日本ではケガして騒がれたりしてますけど、(自分の試合は)ほとんどケンカというんですかね、平成のテロリストと言われる村上和成さんとバトラーツで闘ったことありますけど、やっぱりプロレスって先ほど言いましたけど奥深い。お客さんに寝技をみせたところで喜ばれるかといったら必ずしもそうではないし、そこにハイブリッド性が出るから喜ばれることであって。寝技だけでコツコツやってるだけならお金返せってことにもなっちゃいますし、やっぱり殴り合って激しい闘いというのは日本ならではだと思うんですよ。もしアメリカで同じことやったらクビになっちゃうような話なんで(苦笑)」

――寝技だけ、殴るだけならお客さんにもウケないと。
「ええ。ボクにはテンペストドラゴンっていう名前(ニックネーム)があるんですけど、テンペストとは激しい嵐という意味。リングでは本当に激しく殴り合っていくという、そのなかで寝技がきても対応できるというか。でも基本的には殴って蹴ってのバトラーツでおぼえてきたものを前面に出していくという試合ですね。それが自分らしい闘い。いきなりロックアップから始まるプロレスラーもいますし、ボクらはいきなりビンタから始まっていくようなそういう打撃から始まっていくような闘い。そういう闘いを次の10回目の自主興行でやりたい。引退試合になりますけど弱々しいプロレスはしたいと思わないので、相手にもケガする覚悟でリングに上がってこないと、引退するからと思って上がってきたらケガするよって、それがボクの考えるプロレスですね。お笑いプロレスとかいろいろありますけど、お笑いはお笑いで、ボクらは本当のプロレスを見せていきたいというか、ボクらを教えてくれた先輩方が伝授してきた、いままでプロレスで培ってきた技っていうんですかね、日本で作り上げてきたストロングスタイルとかそういうものを全面的に出していきたいというか。飛んだり跳ねたりのプロレスもありますけど、ボクらはどっちが最後まで立ってられるか、どっちが先に10カウントを数えられちゃうかっていう、それで関節極められてギブアップするのか、それともロープに逃げてもう一回逆に返して関節技を極めていくのか、そういう攻防戦を見せたいと思います」

――これまでやってきたことを出し切りたい。
「そうです。もちろんアメリカで学んできたクラシックなプロレスも。ボクの師匠であるディーン・マレンコさんのやってきたプロレスを、もちろん自分も出していこうと思ってますし。そのマレンコ魂というんですかね、そういうものを見せられれば。マレンコ道場って友だちいないんですよ、みんなライバル心がすごくて。で、本当にマレンコ道場からUFCに行く人もいて、WWEに行く人もいまして、また日本で活躍する選手もいます。そんななかで、みんな足引っ張りあいなんですよ、落としあいというか、自分が上がっていくという。マレンコ道場を出てから友だちになった人はいっぱいますけど、道場内では競争ばっかりで。スクワットを1000回やれば、相手が2000回やって。だったら3000回やるというほどライバル心がすごかったんです。亡くなられてカール・ゴッチ先生や、西村修選手もよく来ていました。スパーリングでは45分ノンストップとか。それも15分おきに選手が替わるんです。15分ごとに元気な選手が出てきてノンストップでやるんです。練習しているときに脱水症状になるんですよね。だけど西村選手は水なんていらない、このまま続行するんだと。水は終わってから飲む。そういうものからプロレスで根性を学びましたね。耐える根性、前に進む根性、いろんなものを学んでいきました。そのすべてを最後に出せればと思っています」

「The Tempest Dragon竜司ウォルター引退試合」
★8月23日(日)東京・新宿FACE(18時試合開始)
【対戦カード】
第1試合
小坂井寛vs山本裕次郎
第2試合
SEIYA(竜司TEAM)vs三州ツバ吉
第3試合
中村大介(元DEEPライト級王者)vs那須晃太郎
第4試合
NORI(竜司TEAM)vs柴田正人
第5試合タッグマッチ
藤原喜明(藤原組)&宮本和志(宮本組)vs金村キンタロー&黒田哲広(アパッチプロレス軍)
第6試合
スーパー・タイガー(リアルジャパンプロレス=レジェンド王者)vsブラック・タイガー
第7試合
鈴木秀樹(第4代WRESTLE―1王者)vs若翔洋(元大相撲関脇)
メインイベント
竜司ウォルター(元格闘探偵団バトラーツ)vs原学(U−FILE王者)

■大会名:「The Tempest Dragon竜司ウォルター引退試合」
■日時:8月23日(日) (18時試合開始)
■会場:東京・新宿FACE

チケットの詳細はこちら



2015-08-13 13:02 この記事だけ表示
 
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