【直前インタビュー前編】トンパチ折原昌夫 20周年記念興行[プロレス]
若いくせに、こいつの人生は凄い!
〜折原昌夫デビュー20周年記念興行
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メビウス 第八章 折原昌夫20周年記念興行
2/22(月) 新宿FACE

トンパチで知られるプロレスラー折原昌夫の「メビウス第八章・折原昌夫デビュー20周年記念興行」が2月22日(日)、都内「新宿FACE」で行なわれる。折原はメインで「男の人生」のすべてを教えてもらったという男・天龍源一郎とタッグ対決(天龍源一郎、平井伸和vs川田利明、折原昌夫)する。折原は、オヤジと慕う天龍がハッスルのリングに出ていたことに「あれはオヤジじゃない!」と反発し、フラストレーションもたまっていた。どうしてもいまのお客さんに天龍の本来の凄みを味わってもらいたいという強烈な欲求。それがこの20周年記念興行のメインカードとなったらしい。このインタビューは前編後編となる。まず前編は折原が天龍と出会う前の痛快人生を知ってもらいたい。


凄い道のり、凄い師匠

★画像090.jpg―20年の月日。どんな気持ち?
折原 あっという間でした。でも、あれもあった、これもあったと思うと短かったとは思えなくなりますね。
―いろんなことがあったということですね。確かに順風満帆なレスラーじゃなかった。いいこともあった。辛いこともありました。
折原 思い出すことが多過ぎますね。初代タイガーマスク(佐山サトル)に憧れてこの世界に入ったんですが、若い時というのは頭で思っていることが素直に体で表現できない。その自分の力不足に腹が立って、周りの人に迷惑をかけた。周りで働いている人のことを微塵も感じなかった。自分勝手なヤツでした。
―そういう自分を叱ってくれた人がいました。
折原 オヤジと言っている人、天龍源一郎さんですね。とにかく、天龍さんが右腕にはめているごっつい指輪が、僕の敵でした(笑)。その指輪のところでゴツッ!と頭を殴られる。口の利き方、態度も悪い。それに僕は感情がすぐに顔に出てしまう。ゴツッ!とやられながら我慢をすること。特に男として我慢しなければならないことを教わったなと思いますね。プロレス以外のところを教わりました。
―プロレス以外ですか?
折原 プロレスはジャイアント馬場さんから教わったと思っていますから。そのほかの人生を教わったのが天龍源一郎さん。そして、佐山サトルさんにも多くを教わりました。
―すごい師匠ばっかりじゃないですか。折原選手は暴れん坊でどうしようもないといわれていたが、何やかやと言って、もの凄く運が強い。この3人が師匠なんだから。これは凄いことです。天龍さんから学ぶこととは“男としてどうあらなきゃいけないのか”というところだと思いますが。
折原 そうです。当時はわからなかったですけど、いまでは本当に感謝しています。たとえばタクシーの乗り方。先輩と歩く時の自分の立ち位置。人に会う時の話し方など、男として生きていくためのしつけのすべてです。だからオヤジと言っているんです。
―ほう。男としての生き方を教わってきたんですね。それがいま身についてきている。そういえば、普段は非常に折り目正しい。しかし、何かここぞという時には怖い(笑)。

高校に住み込みレスリング一色

折原 僕はレスリング馬鹿だったので高校時代は学校に“住み込み”してレスリングばかりやっていました。とにかく学校内から出た事がなかったんです。約3年半くらい。だから、とにかく社会的な常識なんてまったくわからなかったんです。
―ちょっと待った! 学校で暮らしていた?しかも3年半というのはどういうこと?3年じゃないのか?
折原 中学の時、柔道が強かったんです。そして喧嘩ばかりやっていて、ある日校長室に呼び出されたんです。そしたら関東学園大学付属高校(群馬県館林市)のレスリング部の米山監督がいて「明日からうちの高校にきなさい」と言われたんですね。
―え、明日から来なさいって…中学は?
折原 ですから中3の中頃あたりから関東学園に行っていました(笑)。中学は途中から行かなかった。
―ありえない。凄い人生だ!
折原 入学試験も受けていない。一応、作文は書きましたけど。米山監督(当時)がレスリング部を強くしたかったんで、いろんな学校から、血の気の多い野郎たちをスカウトしていたんです。だから、僕みたいな暴れん坊ばかりいっぱいいましたよ。半年くらい経って高校の入学式になったんですけど、その時には3人しか残っていなかったです。厳しいから逃げ出しちゃったんです。朝4時くらいに起きて、10`走る。群馬ですから冬なんか雪も降っています。すると生徒が登校してくる前に学校内に雪かきです。そのあと練習でした。1時限〜6時限までありますけど、まったく授業に出なくても良かった。練習漬けでした。僕らの役目というのは、高校を無事卒業することじゃない。高校の名前を世の中に出すためにあったんですよ。
―徹底していますねえ。凄いなあ。そんな学校、あったんだ。こんな規則だらけの世の中で、そんなことをした監督は断然偉い。
折原 僕は中学の時に初代のタイガーマスクに衝撃を受けてプロレスラーになりたい、と公言していました。だから、米山監督は「うちで3年間頑張ったら、卒業したらプロレスラーになれるように話をつなげてやる」と言われていたんですよ。だから厳しかったけどやり通せた。

馬場さんに直訴

★DEP6075.jpg―そういう監督にめぐりあって、そうして頑張った結果、全日本に入団できた。そして馬場さん、天龍さん、佐山さんともめぐり合う。なんか人生的に凄く恵まれていますよ。めぐり合っても単に通り過ぎていくだけの人もいる。しかし、折原選手はめぐり合った人のところで常に自分のエネルギーを注ぎ込んでいる。だからいま身になっているんですね。
折原 厳しかったけど、そう考えればラッキーですね。
―勉強なんて何にもやってないんですから、それだけでもラッキーですよ(笑)。
折原 勉強、ほんとにやってない。携帯のメールは漢字の変換がある。メール打っていて、漢字に変換されていても、その漢字が正しいかどうかもわからないんですよ。
―わははは。
折原 ホントですよ。だから、よく友達とかに絵文字をよく使うんですよ。絵文字なら漢字がわからなくても気持ちが表現できるから。「え、折原が絵文字を使っている!」ってみんなびっくりしてますけど、単に漢字知らないだけなんですよ(笑)。佐山さんにメールを出す時も絵文字を使いますから(笑)。
―愉快だなあ。脱線しそうだから「レスラー人生」のほうに話を戻しましょう。全日本に入門して、馬場さんの付け人もやっていましたね。馬場さんには叱られなかったですか?
折原 馬場さんに叱られた思い出はひとつもないですね。優しい人でしたね。僕にとって馬場さんは神様でした。全日本プロレスに入る前、僕はサンヨー電器に入っていたんですよ。そこで社会人でレスリングをやっていて優勝とかもしたんですけど、その実績を引っさげて全日本プロレスの入門テストを受けたんですね。そしたら、最後まで僕が残ったんです。だけど1ヶ月くらいしても全日本から連絡がないんで、後楽園ホール大会に行った。馬場さんが売店に座っていて、ちょうど小橋さんが跪いて馬場さんのシューズのヒモを結んでいたんです。僕は真っ直ぐに馬場さんのところに行って「いつになったら合格の返事がくるんですか。僕、受かったんですけど」と訴えた。馬場さんはびっくりしまして「君は誰だ?」と言う。
―そりゃびっくりしただろうなあ。
折原 それでこれまでのことを説明すると「じゃあ、今日から練習生になりなさい」と即答していただいた。そして小橋さんに「それを脱いで、こいつにやれ」と小橋さんの大きなジャージをもらいまして、大きいんで腕を三重くらいに巻いて練習生になったんです。
―傑作だなあ。

男・天龍の人情

折原 でも、そういう入団の仕方だったから、先輩たちからの“かわいがり”というのもあったんですね。悔しくてね。でもグッとこらえていた。ある日、練習終わってちゃんこを作っている時に天龍さんが来た。いつも午後練習に来る時に天龍さんは僕の顔を見ていたみたいなんですね。当時、僕は悔しくて泣いていたみたいなんですよ。それで「毎日泣いてるけどどうしたんだ? 明日から俺の付け人をしろ」と言ってくれた。
―ほう。男・天龍だなあ。しかし、凄い展開になったもんですねえ。
折原 でも僕は天龍さんがどういうレスラーなのか、その時、ほとんど知らなかったんですよ。クルクルパーマのおっさんという感じでね。だいたいジャイアント馬場さんの本名も「ジャイアント馬場」だと思ってたくらいでしたから。
―馬場正平と知らなかったんですか(笑)。
折原 知らなかったんです。それくらいだからジャンボ鶴田さん、天龍さんのことなど知るよしもない。僕の原点はタイガーマスクなんです。だから三沢(光晴)さんだけは知っていました。「え、ここにもタイガーマスクがいる。あのデカいタイガーマスクは誰なんだ?」って。だから天龍さんはまったく知らなかった(笑)
―そうなんだ(笑)。
折原 でも、天龍さんに言われて次の日から付け人をやるようになったら、そこから僕の人生が一瞬にして変わってしまった。全日本の人たちの僕に対する言葉使いががらりと変わってしまったんです。(後編に続く)
(取材・文:安田拡了)

メビウス 第八章 折原昌夫20周年記念興行
2/22(月) 新宿FACE
【対戦決定カード】
《メインイベント 折原昌夫デビュー20周年記念試合》
天龍源一郎&平井伸和 vs 川田利明&折原昌夫
※レフェリー 和田京平
《セミファイナル エル・メホールデ・マスカラード選手権試合》
(三代目チャンピオン)エル・サムライ vs (挑戦者・初代王者)ザ・グレート・サスケ
《第四試合 CHOCOBALLFAMILYプレゼンツ 竹迫望美引退試合》
竹迫望美 vs 亜利弥
《第三試合》
(エイペックス・オブ・トライアングルチーム)D・東郷&ブオ・モチェロ vs (トウキョウスケベボーイ)金村キンタロー&B・B非道
《第二試合》
(J・Rメビウスギャラ争奪バトルロイヤル)
月光/ヘラクレス/ラテテデモー/ドクロマンズ1号・2号・3号
※レフェリー 姉崎信康
《第一試合》
(東京愚連隊)NOSAWA論外&華名 vs 藤田ミノル&真琴





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