「僕が歴史を変えるか、一発で倒されるか。必ず面白い試合になります」


聞き手・茂田浩司
撮影・山口裕朗

2月18日、東京・後楽園ホールで開催される「REBELS.54」にて、タイ国ルンピニースタジアム認定ライト級王座決定戦に臨む梅野源治(PHENIX)。 これまで、梅野はWBCムエタイ世界王座とラジャダムナンスタジアム認定王座を獲得。ルンピニー王座を奪取すれば日本人初であり、タイ人以外の外国人として史上初の「ムエタイ世界3冠王」という前人未到の記録達成となる。 だが、対戦相手は「KOキング」クラップダム。タイ国プロムエタイ協会王者にして、この階級屈指の強打を誇る強豪である。 これまでムエタイのトップ選手たちとしのぎを削り、互角以上の戦いで「日本ムエタイ界の至宝」と言われる梅野をして「一番やりにくい相手が出てきた」「一発でもまともに貰えば立てないと思う」と言わしめるクラップダム。この難敵に対して、梅野はどう戦おうというのか? 歴史的な決戦を前に、梅野の胸中に迫った。

――みんなの協力で実現したタイトルマッチ感謝して、人生の「頑張り時」に向かう

2月18日のタイトルマッチが近づく。昨年「ルンピニー王座を獲りたい」とREBELSに参戦し、実力者「超攻撃型ムエタイ」スアレック・ルークカムイ、現役ランカー「空飛ぶムエタイ」インディトーンを連破して念願のタイトルマッチに漕ぎつけた。大一番を前に、さすがの梅野源治も緊張しているかと思いきや、取材場所のクロスポイント吉祥寺ににこやかに現れた。 ハードな練習が続いていますし、体の疲れは溜まっていきますけど、とても充実していますね。これを獲るか、獲らないかで大きく違うので。人生の頑張り時ですよね。ここで頑張らなくて、いつ頑張るんだ、という(笑)」 会場には400人以上の大応援団が駆けつけて、梅野のタイトル奪取を後押しする。 「前から応援してくれる人たちはいましたけど、今はその輪が広がっているんです。僕がルンピニーのベルトを目指して頑張っていたら『梅野にもっと支援者をつけたい』とか『歴史的な試合をぜひ見て欲しい』とか、応援してくれる人たちがどんどん周りの人を紹介してくれて。僕自身は『チケットを買って来てください』といった営業はまったくしていないんです。本当に感謝ですよね」 今回、ルンピニーのタイトルマッチを実現させたREBELSにも「恩は返したい、と思います」と梅野。 「タイトルマッチを組むのにどれほど経費が掛かっているかも僕は分かっていますし、僕がやりたい試合をさせてくれたのはREBELSです。REBELSの旗揚げ戦がムエタイとの対抗戦で、当時日本のトップ選手たちと並んで僕も出させて貰って。その後も、いいマッチメイクをして貰いましたし、名前が売れたのもREBELS、「日本ムエタイ界の至宝」と付けてくれたのもREBELSです。昨年、ラジャダムナンスタジアム認定王座を失って、怪我も酷くて、一度は引退を考えた時に、救いの手をさしのべてくれたのもREBELS。だから、これから僕が出来ることを協力していきたいし、REBELSのために何かしていきたいですね」

――「KOキング」クラップダムをどう攻略するのか?

対戦相手のクラップダムは、ムエタイ事情に詳しい梅野がかねてから「KO率が高く、やりづらい相手」とマークしていた難敵である。 「本物のKOキングです。パンチが本当に強くて、ミドル、ロー、ヒジもすべての技が重くて、全部100、100の力で打って来るんですよ。 好戦的なタイプとはこれまでもやってきましたけど、ポンサネーはがむしゃらに打ってくるのでヒジが合わせやすかった。スアレック選手は狙って打ってくるので、ミドルキックが合わせやすかった。クラップダムはちょうどその中間ぐらいです。狙っても打つし、数も打ってきて、全部の攻撃が『強』。これほどやりづらい相手もいないです(苦笑)。 僕がクラップダムの攻撃を一発でもまともに貰ったら、その瞬間に試合は終わります。フックでもアッパーでもストレートでも一発貰うとKOされるでしょうね。ヒジも、チョンと合わせるヒジではなく思い切りドカン、ドカンと打ち込んでくるので貰ったら終わり。ミドルもローも一発を重く打ってくるので、それ一発でダウンすることはないですけど、蓄積するダメージが大きいので、貰っていると倒されるでしょうね」 サラリと「KO負け」を口にする梅野。 もちろん、クラップダムが狙う決定的な一発を喰らうつもりはなく、すでに攻略図も見えている。 「一発貰ったら終わりです。だから、僕はいかに一発貰わず、自分の攻撃を当てるか。その勝負になりますね。 クラップダムは攻撃をしながら前に出て、重い一発を打ってくる。僕もファイタータイプなので、下がらずに前に出ます。彼の攻撃をディフェンスしながらパンチ、キック、ヒジ、首相撲で攻めていく。ファイタータイプ同士、必ず激しいぶつかり合いになります。『せーの』で殴り合ったら僕は勝てないので、細かい駆け引きをして、いろんなテクニックを使って戦いますから、観る人はそこに注目してほしいです」 今回の王座決定戦、梅野の相手にクラップダムを指名したのはルンピニー側。対戦相手を聞いた時、梅野は「またか」と思ったという。 「僕は奥足ローをよく蹴るんですが、サウスポーには蹴れません。僕はルンピニーもラジャも、タイトルマッチは全員サウスポーを当てられるんです(苦笑)。『梅野に奥足ローは蹴らせない』ということだと思うんですけど、僕からしたら『見くびるなよ』と言いたいですよ。 確かに昔はサウスポーが苦手でした。ゲーオとやった時も(2013年)右ミドルを蹴れなかったので。でもヨードレックペットと2度目にやった時に練習しまくったので、サウスポーに苦手意識はまったくないですよ」 タイ側が明らかに「梅野源治」を意識し、梅野が苦手とするタイプを送り込んでくる。それはつまり、梅野を実力者として警戒している証拠。これだけでも凄いことだが、現在のムエタイの事情も関係しているという。 「クラップダムは僕にとって嫌なタイプで、怖いタイプを当ててきたな、と思いますが、今、ムエタイはスーパーフェザー級とライト級が充実していて、ランカーの顔ぶれを見ても全員強いです。他の階級のランキングを見ると「ここはねらい目だな」という選手がいるものですけど、スーパーフェザー〜ライトは下の階級でベルトを獲って、階級を上げてきた選手が勢ぞろいしてます。 だからウチのトレーナーも「この階級は難しい。頭が痛い」と言っていますよ。だからこそ、この階級のベルトを獲ることに価値があるのだと思います」 梅野の頭の中には、すでに「クラップダム攻略図」が描かれている。あとは試合まで、タイ人トレーナーとシミュレーションを繰り返しながら細部を詰めていく作業になる。 「トレーナーにクラップダムのような動きをして貰いながら、僕は考えている作戦を試してみて、上手くいかないところを修正したり『こういう攻撃が当たるんじゃないか』と話し合ったり。それで調整していきます」


――18歳から競技を始めた梅野は、なぜ10年足らずでムエタイの頂点に到達できたのか?

現在、日本の立ち技格闘技は、幼少期から競技を始め、ジュニアでたくさん試合を経験し、才能を磨き上げてきた「天才少年」たちが次々とプロデビューし、あちこちの団体で活躍する姿が目立つ。 彼らには「タイ人コンプレックス」がない。競技を始めた年齢も、早くに高度なテクニックを吸収したのも、アマチュアでの試合経験豊富なのもすべてタイ人と一緒。「ムエタイには到底かなわない」と思う必要がないのだ。 その中にあって、梅野は異色の存在といえよう。本格的なスポーツ歴はなく、競技を始めたのは18歳と遅い。にもかかわらず、わずか9年でムエタイ王座まで上り詰めた(16年10月23日、REBELS.46。ラジャ王座獲得)。 「『タイ人にかなわない』と思ったこと? ありますよ(笑)。 僕、最初は喧嘩から入ってるので(笑)。喧嘩は体重なんて関係ないじゃないですか。格闘技は体重を同じにしてくれるから『絶対に一番になれる』と思ってました。 でも、キックを始めてみたらアマチュア、プロ、日本チャンピオン、世界チャンピオンと強い選手がたくさんいることが分かった。一番衝撃を受けたのは『日本人世界チャンピオンに、遊びながら簡単に勝ってしまうムエタイの現役ランカー』を見た時でしたね。 調べてみたら、タイ人は子供の頃からやってる、家族や親族の生活の面倒を見てるとか、日本人との違いが色々と分かってきた。その時に初めて『本当に追いつけるのかな?』と思いました」 また、日本のキック界の根深い「ムエタイコンプレックス」にもその時に気づいたという。 「みんな『タイ人にはあれじゃ勝てない、これじゃ勝てない』と呪文のように言うんですよ(苦笑)。でも、よく見ていると、結果を残してない人ほど『タイ人に勝てない理由』を言うんです。 タイ人には首相撲じゃ勝てない、ミドルキックじゃ勝てない、判定じゃ勝てない。でも『世界一になりたい』という。すごい矛盾してるな、と(苦笑)。 よく『判定では勝てない。KOでしか勝てない』というんですけど、その時点で単純に確率を50%に狭めているんですよ。ムエタイにはパンチ、ヒジ、ヒザ、キック、4つの武器があって、ヒジ、ヒザ、キックでは勝てない、パンチしかない。この時点で4分の3の可能性を潰しているんです。それでパンチ、パンチでKOを狙う人たちがいて、そういう人で『強い人』を僕は今に至るまで見たことがないです。だから『あなたたちの可能性で俺をはかるな!』と思ったんです。 ただの負けず嫌いなんですけど(笑)、どうせやるならタイ人に対して首相撲でも、ミドルでも、ヒジ、ヒザでも、全部で勝てたら最高だなと思いました。 だから、まずタイ人トレーナーの言うことをすべて聞いてみたんです。タイ人トレーナーは『勝つためのテクニック』をいくらでも教えてくれるんですよ。でも、当時はプロ選手も会長も『日本人には難しいよ』と言っていて。僕だけ『はい、はい』とタイ人トレーナーの言うことを聞いて練習して、テクニックを身につけて、どんどん結果を残していったんです」 今、ジュニア出身の選手が結果を残していることも、梅野にとっては「当然のこと」という。 「勝てないわけがないんですよ。タイに比べたら、環境的には日本が圧倒的にいいんだから。 YouTubeで試合が見れて、タイ人の先生を日本に呼べてテクニックを学ぶことができる。僕はタイで練習したのはすべて合わせても1か月と1週間ぐらいです。あとは全部日本です。でも、タイで練習している人たちよりも、僕の方がムエタイは上手いですよ。 最初は、タイ人の先生から教わったことを練習して覚えて、それから自分で研究していろんなことに挑戦してきたんです。 僕は馬鹿なので(苦笑)、何回もミスをしてきたんです。そのミスの回数は他の人よりも多いですよ。格闘技の結果だけを見たら『順調にやってる』と思われるかもしれないけど、僕はこれまで練習の中で何回失敗して、何回怪我をしてきたか。 分かりやすい例として、最近、GACKTさんとトレーニングをしたり、大和哲也選手と合気道を学んだりしています。それをSNSに載せたら批判されたり、否定されますけど、試合で結果を残したから『意味があったでしょ』といえる。でも、たとえ結果が出なくても僕にとっては『意味がないことが分かった』ということなので、それが分かっただけでも僕にとって意味があるんです。やってみて『違う』と思えばやめればいいだけの話。自分にとって新しいこと、未知なことに挑戦した経験は必ずプラスになるんですよ」 最後に、クラップダム戦に向けて、ファンへのメッセージを貰った。 「歴史が変わる瞬間を見せたいですね。記事で見たとか、YouTubeで見たというよりも、その場にいれば確実に価値のあることなんです。 この試合を生で見ないで、他に何を見るんだ、と思います。つまらないわけはないんです。相手が相手なので、確実に凄い試合になるんですよ。 僕が一発で倒されるのか、その一発を許さずに日本人で初めてルンピニー王者となる歴史を作ることができるのか。ぜひ歴史の瞬間に立ち会ってください」



【プロフィール】
梅野源治(うめの・げんじ)
所 属:PHOENIX
生年月日:1988年12月13日生まれ
出 身:東京都
身 長:180cm
戦 績:53戦41勝(19KO)9敗3分
WBCムエタイ世界スーパーフェザー級王者、元ラジャダムナンスタジアム認定ライト級王者


「REBELS. 54」2月18日(日)後楽園ホール大会
<メインイベント 第10試合 ルンピニースタジアム認定ライト級王座決定戦 3分5回戦>
クッラップダム・ソーチョーピャッウータイ(Kulabdum Sor.Jor.Piek-Uthai)(タイ/プロムエタイ協会ライト級王者)
vs
梅野 源治(PHOENIX/WBCムエタイ世界スーパーフェザー級チャンピオン、元ラジャダムナンスタジアム認定ライト級チャンピオン)
ほか全10試合。



■大会名:REBELS.54
■開催日:2/18(日)
■会場:後楽園ホール (東京都)

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2018-02-15 14:01 この記事だけ表示


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船木誠勝が3月3日(土)午後3時3分より、デビュー33周年を記念するトークショーを大阪(道頓堀角座)で開催する。このイベントには、船木がプロレスラーをめざすきっかけとなった初代タイガーマスクと、タイガーのデビューやアントニオ猪木vsモハメド・アリの異種格闘技戦などをプロデュースした過激な仕掛け人、新間寿が“特別参戦”。この3人によるトークは初めてだけに、どんな話が飛び出すのか興味津々だ。「闘宝伝承2018前哨戦〜甦ったサムライ船木誠勝デビュー33周年記念〜船木誠勝?初代タイガーマスク×新間寿スペシャルトークショー」と銘打たれたイベントを前に、船木にインタビュー。なぜ33周年なのか、さらには2018年のテーマなど、話を聞いてみた(聞き手・新井宏)

――船木選手にとって2018年はデビュー33周年にあたります。

「33年が経ちましたね。つまり、3年前が30周年だったわけですけども、そのときはWRESTLE−1に所属してまして、その前の年が武藤(敬司)さんの30周年だったんですよ。自分よりもデビューがちょっと早いですから。自分は年をまたいで次の年にデビューしてますので。自分はちょうど半年ずれてて、武藤さんの30周年が先にあって、その年に自分はWRESTLE−1を退団してフリーになったんです。30周年をやるきっかけもなくなってしまったんですよね」

――フリーに転向したのが2015年でしたね。

「ハイ、その年にちょうど大阪に行きまして、大阪に住んで3年経ってようやくなんか安定してきたというか、そろそろこのへんでなにかやろうと。今年3月13日に49歳になりますけども、まだ身体が元気なうちに、50歳手前で一回記念(イベント)をやりたいなと」

――遅れてきた30周年記念、みたいな感じですか。

「そうですね」

――30周年をちゃんとしたかたちでできなかったので、33周年のいま、あらためてということですね。

「そうです。なぜ33なのかと不思議に思われると思うんですけど、そういう経緯で決まりました。ちょうど3月3日がデビュー戦だったんですよ。ですから33周年となる3月3日にまずイベントをやろうと。それでできあがったのが、今回のイベントになりますね」

――トークショーというかたちですね。

「ハイ」


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――33周年を迎えるにあたり、昨年はどんな一年だったかお聞きしたいのですが。

「昨年は、フリーになって一番試合が多かったですね」

――あらゆる方向のプロレスをしましたよね。

「ええ。その前の年も試合は多くなったんですけども、昨年のほうがもっと多かったですね。かなり試合をした記憶があります」

――さまざまなスタイル、あらゆる方向のリングに上がっていましたよね。

「そうですよね。フリーになって最初の3年間は、オファーされた試合は全部出ようと思ってたんですよ。昨年がそのピークだったですね」

――それこそ、UWFあり、FMW、デスマッチありと。

「右から左まで全部やってしまった感じがしますよね。今年、年が明けてちょっと振り出しに戻したいなという気持ちもあります」

――デスマッチを体験していかがでしたか。

「刺激がありました。刺激があったんですけど、正直、自分のスタイルじゃないなというのは感じました。でも、一回経験しておいてよかったとは思います」

――プロレスラーとして、より幅が広がったと。

「そうですね。自分の土俵じゃないなというのは、わかりましたけどね」

――自分の土俵以外でも闘うのがプロレスラーでもありますからね。

「そうなんですよ」

――さまざまな団体に上がるなかで、主戦場と言えるのはリアルジャパンだったと思いますが。

「ええ、一番しっくりきましたね。フリーになってからは、その年が終わる前に必ず平井さん(リアルジャパン代表)から翌年のスケジュールを出してもらってるんですよ。それをまず入れてからその年のスケジュールが決まっていくという感じですね。それがいまの日常になっています」

――リアルジャパンでは昨年、レジェンド王座を奪回、スーパー・タイガー選手に明け渡すことにもなりました。常にタイトル戦線にいた印象があります。

「自分で言うのもなんですけども、チャンピオンベルトを取ったことからレジェンド王座の活性化につながったような気がしますね」

――事実、船木選手がリアルジャパンのリングに上がるようになってから、レジェンド王座の価値がどんどん上がっていきました。

「いろんな選手がベルトに挑戦して取ったり取られたりだったじゃないですか。そういった流れがこの3年ですごくできてきたような気がしますね。自分がちょうど3年前、フリーになってすぐにスーパー・タイガー選手から取って、昨年の暮れに取られてという、その2年間はホントにいい感じでベルトを中心に回ってたと思いますね」

――その間に関本大介選手や大谷晋二郎選手もベルトを巻きました。タイトル戦線が活性化して、大会のメインで組まれるのが当たり前になりましたよね。

「そうですね。それはよかったと思います。ベルトが甦った、みたいな。最初取ったときはベルトがものすごくキレイだったんですけども、いろんな選手が持ち歩いているうちにどんどん汚くなってきて(笑)」

――いい意味で汚れていったと。

「年季が入ってきましたよね。以前に全日本で三冠王座取りましたけど、ベルトがボロボロでしたからね。そうやってベルトは年季が積み重なっていく。いろんな人が巻くことによってそうなっていくんですよね」

――ベルトが動いている、活性化している証拠ですからね。

「そうなんです」


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――リアルジャパンでは新間寿さんが納谷幸男選手のデビュー戦に激怒し、“原点回帰”をテーマとする大会を昨年12月7日に開催しました。船木選手も参戦しましたが。

「自分のなかではいつもいっしょ、いつも原点なんですよ。誰とやるにしても自分のスタイルを絶対に崩さないし、崩せないので、自分はデビューしてからずっと変わっていない気がするんですよね。ずっと同じかたちでやってるので。それはそれでどうなのかなって気もしますけど、“原点回帰”は自分では当たり前のことでした。むしろ自分のかたちにちょうどいいかなと、都合がいいかなと思いました。自分のスタイルにリアルジャパンが近づいてくれたような気がして、すごくよかったです」

――そういった意味でも、やはり今年もリアルジャパンが主戦場になりますね。

「そうですね。やっぱり憧れの人(初代タイガーマスク=佐山サトル)がつくった団体なので、そこに一番ハマってることが本当にうれしいですよ。だから今回のトークショーも、それこそ34、35年前、まだファンだった頃、プロレスラーになる前の自分に見せたら本当に最高だと思うんですよ。憧れてた人が、自分がメインのイベントに来てくれる。そんなこと、ふつうないじゃないですか。それは“少年”船木にとって最高だと思いますね。(当時めざしていた)その方向が間違ってないよって、言ってあげたいですよね」

――一度プロレスを離れ、戻ってきたからこそ、ですよね。

「そうです。初代タイガーマスクも一回引退してるんですよ。だから2人とも同じ感じで、いまこうして集結したような気がします」

――プロレス、格闘技を通じて似たような道を歩いてきたとも言えますよね。

「自分もそう思います。佐山さんがシューティングをつくって、自分がパンクラスをつくって、お互いがシューティング、パンクラスを離れて、それでプロレスに戻ってきてという、本当に不思議だなと」

――その格闘技は格闘技で継続されています。

「シューティングもパンクラスも日本の総合団体として残ってますから」

――それもまたうれしいことですよね。

「自分がつくったものがなくならず、本当によかったと思いますね」

――3月3日のトークショーには、初代タイガーマスク選手、新間さんが参加します。

「新間さんは、アントニオ猪木さんのマネジャーだったじゃないですか。本当に雲の上、そのまた雲の上の人でしたね。自分が新日本に入ったときはもうUWFのほうに行かれてて、まったく接点がなかったんですよね。だからここ最近ですよ。4,5年くらい前からリアルジャパンに来てくれて、自分の試合を観てくれている。“君の試合、ちゃんと観てるからね”と言われて、ちゃんと目に映ってるんだ、と思い感激しました」

――実際に会ったのは、ここ数年のことだったんですね。

「自分が16、17歳の頃、新日本のパーティーで一度だけチラッと見かけたことがあったんですけど、当時はそれだけでしたね」

――どんな印象がありましたか。

「やはり、新日本の全盛期をつくった方ですから、この人がいなかったら猪木さんもあそこまではならなかっただろうし、新間さんなしに異種格闘技戦は成立できなかったでしょう。実際、新間さんがいなくなってから新日本がちょっとずつ変わりましたからね。マシン軍団とか海賊男とか、そういう方向になってきたじゃないですか。あれは新間さんがいなくなったからだと思いますけどね(笑)」

――新間さんがプロデュースしてきた猪木さんの異種格闘技路線ですが、船木選手が継承している部分もあるのではないですか。

「結果、そうなってますよね。タイガーマスクに憧れて入った人間だし、そのときタイガーマスクはいなくなりましたけども、そこに関わっていた藤原(喜明)さんだとか、前田(日明)さんとか、田(延彦)さんとかと自分は付き合ってプロレス人生を歩んできましたから、やはりそういう方向になってきますよね」


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――そういった意味でも船木選手の33年のキャリアにとって、初代タイガーマスク、新間寿、このお二方は欠かせないですよね。

「ええ、そうです。初代タイガーマスクは憧れですから。見た目もそうですけども、飛んだり跳ねたり、それにプラスして強いというのが一番。それもただの強さじゃないなと、子どもながらに思ったんですよ。本当にこの人は余裕で飛んだり跳ねたりしながら、極めるときは極めるんだなと、そういうイメージがありました。その強さの部分で、関節技があり、その先生がカール・ゴッチさんであり、藤原さんだと。そういうのをファンの頃から聞いていましたので。それがないとドロップキックまでたどり着くこともできないんだと、後からわかりました」

――ドロップキックにたどり着けない?

「ドロップキックがすごくキレイで、やってみたかったんですよね。自分も飛んだり跳ねたりしたいなと思ったんですけども、まず新日本に入ってすぐにやらされたのはスパーリングなんですよ。セメントという名の練習。グラウンドで相手を極めたり絞めたりする練習なんですけども、そのとき本当になにもできなくて。柔道とか空手もやってなかったですし、ただの中学生がみんなといっしょにそういう練習をやってもなにもできないんです。毎日、毎日、ボロボロにされて、この状況を脱出しなければドロップキックまでたどり着かないんだと思い知らされました。実際、ドロップキックの練習なんて誰もしないですからね。しないんですけども、巡業についていって試合を観ると、みんなポンポン飛んでるんですよ。いつやってるんだろう、いつ練習してるんだろうって不思議でした。練習の場所ではやらないのに、みんな試合で出すんです。最初は不格好なんですけども、毎日やっていくうちにキレイになっていくんですよ。むかしの選手はそうやって、自分の技を磨いていったんですよね」

――試合も練習の場であると。

「そうです。だから前座レスラーが巧い試合をするはずがないんです。きたない試合から徐々に徐々に上がっていくのがむかしの新日本の前座だったんです」

――試合で出す以前の基本中の基本を道場で学ぶ?

「ハイ。まず闘いの練習ですね。極め合いの練習。それだけです。それと基礎体力。強い身体をつくって、あとは極める技の練習しかしていないです」

――ということは、リング上で披露し、魅せる技というのは、リングで学ぶと。

「リングで出して、徐々に自分のものにしていきました」

――若手時代の船木選手といえば、ドロップキックの印象が大きいのですが。

「そうでしょうね。ドロップキックはデビュー戦が決まってからの合同練習の最終日にたった10発、ダミー人形に向けてやっただけですね。そのときはキレイに飛べてるのかどうかわからないですし、ぶっつけ本番でやるんですけども、結局は相手の胸のところまで(脚が)上がらないんですよ。デビュー戦のときに星野(勘太郎)さんに、怒られましたね。“ドロップキックをどこに当てた?”と。自分ではわからない。ノドのあたりだと思うですけどと言ったら、“バカヤロー、腹だぞ。腹に当たったのではダメだ”と。もっと高い位置に当てろということなんですね、胸の上の部分まで。そこから自分は高く飛ぼうとばかり考えて、最終的に顔にいってましたね。顔に当てて先輩のアゴの骨を折ってしまいました(苦笑)。とにかく当時は怒られて、怒られて。もっと高く、もっと高くと。そのうちに顔になって、アゴの骨を折ってしまって。アゴの骨を折ったときからですね、ドロップキックの船木と言われるようになったのは」

――そのくらいの破壊力を得るまでにならないと…。

「自分のものにならないということなんです」

――最初は、初代タイガーマスクの飛び技に憧れたのですか。

「その前に、ミル・マスカラスですね。マスカラスがすごい好きでした。そのときはまだ新日本プロレスにそういうマスクマンがいなかったんですけど、タイガーマスクがデビューした。そのときに、日本人じゃないかという感じから親近感が沸いたんですよ。マスカラスはメキシコ人じゃないですか。タイガーマスクは日本語をしゃべってるので、もっと身近に感じて、それでいて飛ぶし、強いし、そこからファンになりました」

――タイガーマスクのようになれるのではないか、なりたいと思ったのでしょうか。

「なりたいと思いました。引退されたときに2代目になりたい、2代目になろうと思って入りましたから(笑)。だけど、2代目になる前に片付けなければいけない練習がセメントだったんですよ。まずそこをクリアーしなければレスラーにもなれないし、ましてやマスクマンとか、飛び技をする選手にもなれない。そんなの10年早いと。そういう世界ですよ。それでいざデビューしてみたらドロップキックは高く上がらないし、マスクマンになるなんて、まったく見えてこなかったですよね」

――非常に高いハードルだったわけですね。

「そうですね。結局セメントの練習しかしてないので、セメントの技が自分の技になってしまうんですよ」


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――憧れた初代タイガーマスク選手と、そのデビュー戦もプロデュースした新間さんがトークショーのゲストとして参加しますが、どんなことを聞いてみたいですか。

「やっぱり佐山さんの思想をもっと知りたいですね。これからやろうとしていることとか。この先のプロレスのかたちとか、格闘技のあるべき姿とか、そういうのをちょっと聞いてみた。いまの佐山さんのアタマのなかにどういうものが見えているのか。そういうことを聞いてみたいですね」

――こういう話をあらためて聞くことは…。

「ないです。たまに会見のときとか2人になって、むかしの話を聞いたりはしますけど、思想の話はまったくないですね」

――新間さんから聞いてみたいことは?

「自分の口からは聞けないですね(苦笑)。でも、アントニオ猪木さんの裏話とか、ちょっと聞いてみたい気はします。猪木さんの全盛期に一番近い存在だったと思うんですよ。だからいろんなことを知ってるんじゃないかと思います」

――この3人でトークをするのは初めてになりますよね。

「もちろん初めてですよね」

――ちょっとあり得ない顔合わせですから、貴重な機会になりそうですね。

「ハイ、そうですね」

――このイベントが33周年のスタートになると思うのですが、その後について考えていることはありますか。

「うまくいったら第2弾、第3弾をやりたいですし、今年中に大会とかできたら本当にうれしいですよね」

――記念大会?

「ハイ。1大会くらいはやってみたいなと思いますね。自分のケジメとしても、(デビューから)30年以上経ちましたし、50歳の手前ですから、最後にもう一勝負というか、実力を測る試合をしてみたい、残したいという気持があります。佐山さんからも言われたんですけども、50歳になるといきなりくるっていうんですよ」

――というと?

「いままで通りにいかない、肉体の衰えというんですかね、突然くるらしいんですよ。あの運動神経バツグンの佐山さんがそう言っているので、おそらく本当だと思うんです。だからその前に現役として(大きな勝負を)やっておきたいんですよ」

――船木選手はまだまだというふうに見えますが。

「自分もそう思うんですよね。そう思うんですけど、くるよって(笑)」

――突然くるかもしれないからこそ、早いうちにやっておきたいと。

「ええ。本当ならば時間も迫ってますから。そういう意味でも今年なのかなって気はします」


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――33年のキャリアは大きく分けて前半と後半に分かれると思いますが。

「ハイ。新日本時代、UWF、藤原組、パンクラス」

――ヒクソン・グレイシー戦から一度引退して…。

「ちょっとあいて、復帰してからの全日本。WRESTLE−1。そしてフリー。30年もやってるので、いろんなことがありましたね」

――ある意味、今年は集大成としての一年になりそうですか。

「そうですね。ちゃんと動けるなかで(大きい勝負を)一発やりたいなという気がします。相手を探している最中です」

――大会開催にふさわしい選手を?

「ハイ。相手を探してます」

――見つかればその大会を実現させたいと。

「そうですね。たぶん、自分にちょうどいい選手がくると思ってます。なんとなくですけど、ふさわしい選手がくるような気がします。こないのであれば、もっと先かもしれないです。そうなると、もっと息が長くなるかもしれないし。いずれにしても現われると思うし、そういう選手とやると思うんですよ。それが今年なのか、もうちょっと後になるのか。今年こないようなら、もうちょっと自分の動ける時代が長引くのかもしれないし」

――今年は、その選手を見つけるような闘いになっていく感じになりそうですね。

「ハイ。引退とか、そういうのではないですけどね」

――大きな意味のある相手ということですね。

「ハイ。現役として動けるなかで、それはもしかしたら若い選手かもしれない。バリバリの選手とやってみたいですね」


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■タイトル:
闘宝伝承・2018前哨戦
〜甦ったサムライ船木誠勝デビュー33周年記念〜
『船木誠勝×初代タイガーマスク×新間寿 スペシャルトークショー』

■会場:道頓堀角座
(大阪府大阪市中央区道頓堀1-4-20)
地下鉄「なんば駅」14号出口 徒歩5分
http://www.kadoza.jp/dotonbori/

■席種・料金:
SS席:10000円(特典・記念品付)
指定席:6000円

■主催:【闘道館Y1968・Hybrid fitness】

■制作協力:松竹芸能株式会社
■後援:リアルジャパンプロレス

■出演:船木誠勝
■ゲスト:初代タイガーマスク
■特別ゲスト:新間寿
■司会:エール橋本
■お問い合わせ:
【闘宝伝承実行委員会 090-1895-1581】
■備考
当日料金500円増

■発売チャネル/表記:
e+ イープラス http://eplus.jp/funaki/(PC&携帯)
ファミリーマート店内Famiポート

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2018-02-02 22:20 この記事だけ表示